連載「世界をつくりなおす、7つの話」 第5話(全7話)
前回の続き——じゃあ、何なら測れるのか
前回、「ふたつの3億円」という問いを書きました。価格は、価値を測れていないんじゃないか、という話です。書き終えて、残った問いはこれでした。じゃあ、何なら測れるのか。
先に結論を言います。少なくとも、今のお金では、何も測れない。
だって、そうでしょう。数年で4割も伸びたり縮んだりする、ゴムでできたものさしなんです。長さの変わるものさしで測った数字を、「客観的な価値」として真に受ける——冷静に考えると、かなり奇妙なことをやっている。
なら、正しいものさしを作ればいい?
そう考えたくなります。歪んでいない、正確な、価値のものさし。実際、人類は何度も挑戦してきました。幸福を計算する式。国の豊かさを測る指標。全部、うまくいっていない。
📖 幸福を測ろうとした人類の挑戦
18世紀、哲学者ベンサムは快楽と苦痛を数値化する「幸福計算」を構想しました。200年以上たった今も、誰も完成させていません。国レベルでは GDP がありますが、ロバート・ケネディは1968年の演説でこう言い切っています——GDP は「人生を価値あるものにしてくれる当のもの以外の、すべてを測る」。大気汚染も交通事故もGDPを増やし、子どもの笑顔も詩も勇気も、一円も計上されない。測る道具が悪いのではなく、測るという行為そのものが、何かを取りこぼすようにできているのかもしれません。
でも僕は、もっと根っこのところで、こう思うようになりました。ものさしの精度の問題じゃない。幸せというものは、本質的に、測れるものではない。そして——測るべきでもない。
測れたら、それは本質ではない
「測る」とは、何をすることか。単位を与えて、他のものと比べられるようにして、交換できるようにすることです。
でも、思い出してみてください。あなたの人生のいちばんいい瞬間を。あの瞬間は、一回きりだった。何とも比べられなかった。何とも交換できなかった。だからこそ、本物だった。
つまりこういうことです。測るとは「同じにする」こと。本質とは「同じにできない」もの。だから——測れるなら、それは本質ではない。測定に成功した瞬間、手の中にあるのは、もう別のものです。
▶ 幸せ測定器(試作品)。昨日のいちばんよかった瞬間を思い浮かべて、ボタンを押してください。
意味がない。役に立たない。積み上がらない。何にもならない。爆発みたいなもの。——そういうものこそが、幸せの本質なのかもしれないんです。岡本太郎の言った爆発。夜空に散って何も残らない花火。いいセッションの、record ボタンを押し忘れた数秒間。
じゃあ、世界を豊かにしているのは、誰か
ここまで来ると、最初の問いに答えられます。
手を動かして、この世界を少しだけ美しくしている人。少しだけ楽しくしている人。楽しみを増やしている人。笑顔を増やしている人。そういうものを生み出している人たちのほうが、資本主義のルールの上で寝転がっているより、確実に世界を豊かにしています。
これは感情論ではありません。順番の話です。そういう人たちがいなければ、資本家が使うお金には、そもそも価値がない。札束は食べられないし、聴けない。お金が何かと交換できるのは、その先に、手を動かして何かを生み出した人がいるからです。作る人だけの世界は歴史上いくらでもあった。でも、作る人のいないお金だけの世界は、一秒も存在できない。依存は、一方通行なんです。
だから、お金の量だけで人の生み出す価値を語るのは、ナンセンスです。語りたいなら、最低限、こう問わなければいけない。そのお金は、どういうお金か。何から生まれたお金か。誰かの汗と笑顔から生まれた1万円と、蛇口から刷られて転がり込んだ1万円は、同じ顔をしているけれど、別のものです。お金は出自を消すようにできた道具だから、出自を見極める目がなければ、お金でその人の本質的な価値を測ることは、到底できない。
LIVEARTISTが「アーティスト」と呼ぶ人
そして、これが言いたかったことです。
LIVEARTISTが定義するアーティストは、ステージに立つ人だけじゃない。測れない価値を、手を動かして生み出している人、全員です。
楽器を弾く人。歌う人。でもそれだけじゃなく——料理で誰かをうならせる人。工具を握って何かを直す人。場の空気を良くする人。子どもを笑わせる人。誰かの一日を、ほんの少しだけ良くした人。あなたが昨日、誰かをひとりでも笑顔にしたなら、その瞬間のあなたは、もうこちら側です。
📖 「誰もがアーティストである」——ヨーゼフ・ボイス
20世紀ドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスは「誰もがアーティストである」と宣言し、社会そのものを全員で形作る彫刻作品と見なす「社会彫刻」という概念を残しました。芸術を美術館から解放して、生きること全体に広げた思想です。LIVEARTISTの定義はその系譜にありますが、一歩だけ具体的です。「誰もがアーティストになれる」ではなく、測れない価値をすでに生み出しているなら、あなたはすでにアーティストだ、という現在形の認定です。
測れるものは、道具。測れないものが、本体。
ゴムのものさしの数字に、自分の価値を測らせないでください。あなたが生み出しているものは、測定不能です。そしてそれは、エラーじゃない。本物である証拠です。
連載「世界をつくりなおす、7つの話」(全7話+補遺)
- 第1話 ひとりでは、わたしになれない
- 第2話 世界は、二つある
- 第3話 太陽は、くれすぎる
- 第4話 ふたつの3億円
- 第5話 測れたら、それは幸せじゃない(いま読んでいる話)
- 第6話 世界は、凸凹でできている
- 第7話 脱成長じゃなくて、新しい祭り
- 補遺 祭りで、飢餓はなくなるの?
次の話 → 世界は、凸凹でできている