連載「世界をつくりなおす、7つの話」 第1話(全7話)
ひとりの部屋から、NYのオープンマイクへ
若い頃の僕は、ひとりで家にこもって、何かを作ろうとしていました。自分の中を掘れば、いつか答えが出てくるはずだと思っていた。
その考えが吹き飛んだのが、旅先のニューヨークです。たまたま行ったゴスペルや、オープンマイクの熱。全員で声を重ね、その場でどんどん立ち上がっていく音楽に、頭を殴られるような衝撃を受けました。あそこにあった熱は、誰か一人の中には無かった。人と人のあいだに生まれていた。
上手さも、熱も、その人の中に貯まっている財産じゃなく、関係の中で起きる出来事だった。ひとりの部屋では、どうやっても見えないものでした。
すべては、関係でできている
ふだん僕らは「まずモノがあって、あとから関係する」と思っています。人がいて、出会って、関係ができる、と。でも、逆かもしれない。関係のほうが先にあって、わたしは、その結び目として立ち上がる。
仏教では、これを「縁起」と呼ぶんだそうです。独立して単独で存在するものはなく、すべては条件と関係の中で立ち上がる、という見方らしい。名詞ではなく、動詞で世界を見る、と言ってもいいかもしれません。
いちばん分かりやすいのは、言葉です。「右」という言葉は、単体では何の意味も持たない。「左」や「間違い」との関係の中でだけ、意味が立ち上がる。言葉は、それ自体でできているんじゃなく、関係でできている。実は今のAIも、単語を「他のすべての語との関係」として扱うことで言葉を理解しているらしいんです。機械でさえ、意味を“モノ”ではなく“関係”として扱っている。
同じ「ド」の音が、意味を変える
これは、音楽だとはっきり分かります。まったく同じ「ド」の音を鳴らしていても、下にもう一つの低いドを重ねれば、まっすぐ安定して響く。ラを置けば、急に切なくなる。ファを置けば、ふわっと浮く。上の音は一つも変えていないのに、意味(気分)がまるで変わるんです。
同じ音が、置かれる関係で「まっすぐ」にも「切ない」にも「浮いた」感じにもなる。音の意味は、音そのものじゃなく、関係の中にある。——これが、縁起の“耳で分かる”版です。
だから、関係を強くすることは、自分を強くすること
ここが、この話のいちばん大事なところ。もし自分の存在そのものが関係でできているなら、関係を強くすることは、そのまま自分の存在を強くすることと同じになります。
孤立して自分だけを磨いていく、という発想には、どこかで限界がくる。結び目は、結ばれる糸が増え、太くなるほど、確かになっていくからです。
“本当の自分”は、探しても見つからない
母といる自分、仲間といる自分、初対面の人の前の自分——どれも少し違います。その全部の下に“たった一個の本当の自分”があるはずだ、と探しても、たぶん見つからない。無いからです。あなたは固いモノじゃなくて、無数の関係が結ばれた結び目なんです。
仏教はこれを「無我」と呼んだそうです。アフリカのウブントゥ哲学には「私は、私たちがいるから、私である」という名句があると聞きました。洋の東西を問わず、人は繰り返し、同じ場所に辿り着いているみたいなんですね。
これ、寂しい話に聞こえるかもしれません。でも逆なんです。“探す”のをやめて、“誰と結ばれるか”を選べる、ということだから。
役割は、周りがつくってくれた
正直に言うと、僕が自分の“才能”だと思っていたものの多くは、あとから振り返れば、出会った人たちとの関係の中で、貸し与えられ、育てられたものでした。
ひとりでひたすらやっているだけでは、自分にどんな役割があるのかさえ、分からなかった。いろんな出会いの中で、やれることをやってきたら、いつのまにかそれが誰かの役に立ち、仕事のようなものになっていった。その役割は、僕が見つけたというより、周りがつくってくれたものだったんです。
仕事って、たぶん、誰かを助けること
突き詰めると、仕事って「誰かを助けること」なんだと思います。そして、助け方は一つじゃない。
ステージのど真ん中に立つアーティストは、角度を変えれば、その魅力で誰かの人生を助けられる人。その人を支える仕事を生み出せる人も、いる。そして、その場を、良い空気の、楽しい空間に変えられる力を持った人も、いる。どれも立派に「誰かを助ける」役割で、そこに優劣はありません。
関係の中には、こんなにも多くの“助け方=役割”が眠っている。そして、自分がそのどの結び目になれるのかは、外に出て、誰かと関わってみないと、たぶん分からないんです。
ヘンリー・ダーガーという、もう一つの道
もちろん、誰にも見せず、ひたすら自分のためだけに作り続ける、という生き方もあります。それは立派に、一つの完結した道です。否定する気は、まったくありません。
ヘンリー・ダーガーという人がいたそうです。シカゴの病院で掃除夫として働きながら、誰にも見せることなく、1万5千ページを超える壮大な物語と挿絵を描き続けた人。作品が発見されたのは、亡くなる直前だったといいます。生きているあいだ、彼の世界を知る人は、ほとんど誰もいなかった。“自分のためだけに作り切る”ことの、極北のような存在です。
でも——もし、生きているうちに、誰かと何かを分かち合いたいなら。話は少し変わってきます。
分かち合いたいなら、まず“今いるところ”から
もし分かち合いたいのなら、一度、自分という視点の中だけから出て、外の世界との関係の中で「自分が今どこにいるか」を知り、それを認め、そこから始める。これは、たぶん避けて通れません。
僕自身、それを避けて、ひとりの部屋で答えを探していた頃は、正直、何も動きませんでした。外に出て、自分の立ち位置を認めて、出会いの中でやれることをやりはじめてから、ようやく少しずつ、何かが形になっていった。
ひとりで完成しようとしなくていい。関係を強くすることが、そのまま自分を強くする。
だから僕は、人と人が出会って鳴らせる場を、つくり続けています。あなたにとってのそれが音楽じゃなくても、いい。——もし分かち合いたい気持ちがあるなら、まずは外に出て、一緒に鳴らしてみませんか。
連載「世界をつくりなおす、7つの話」(全7話+補遺)
- 第1話 ひとりでは、わたしになれない(いま読んでいる話)
- 第2話 世界は、二つある
- 第3話 太陽は、くれすぎる
- 第4話 ふたつの3億円
- 第5話 測れたら、それは幸せじゃない
- 第6話 世界は、凸凹でできている
- 第7話 脱成長じゃなくて、新しい祭り
- 補遺 祭りで、飢餓はなくなるの?
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