いよいよ来週に迫ったJ-POP JAM。今回から「いいね」の評価を無くすことにした。

この仕組みは初開催からあって、最初は受付で配る名札に3枚のシールが入っていて、最後に良かった人の名札へ貼りに行くという超アナログなやり方で、それはそれで会話が生まれたりして良かったなと思う。アプリにしてからは、SNSでお馴染みのいいねを良かったプレイヤーに送り合い、最後に表彰していた。

アプリにした頃からか、「評価されるのが嫌だから行きたくない」という声がちらほら聞こえるようになった気がする。正直、当時は評価があるからこそ緊張感が生まれ、馴れ合いではない真剣さや切磋琢磨が生まれると思っていたところもあった。海外のジャムやオープンマイクではよくない演奏ではブーイングが飛ぶということもあって、さすがにそれは、、と思っていたのもあるし。

自分も修行のつもりでいろんなセッションに通い、時に無力さを突きつけられながらも続けてきて、それが確実に何かに繋がった経験があって、それを越えないと辿り着けない何かは、確実にあると思っていたから。

そして僕はずっと、ジャムセッションには人の運命を変える力がある、と言ってきた。それは本当だと思う。どっちに転んでもおかしくない瞬間がある。受け入れられた気がするか、ダメだと突きつけられるか。その、どっちに転んだかで、その後の心持ちが大きく変わってしまうこともある。

現代のSNS的ないいねは、押す側の動機が軽すぎる割に、受け取る側の捉え方が重すぎると思う。真剣に向き合っている人ほど、たいてい一番繊細で、一番その間で揺れている。

そして、全力のパフォーマンスをした後にその人を良いほうへ転がすのは、たった一人の、「よかったよ」の一言だったり、わざわざ話しかけにきてくれた誰かの心からの共感だったりする。それは、その場にいないと分からない。スマホの中には無いし、決してワンタップでは届かない。

評価そのものが悪いとは思ってない。でも、前回のJ-POP JAMでみんなが遅くまで残ってくれて、みんながスマホでいいねをつける暇もなかった様子を見たとき、ああ、数えられないものを、無理に数えようとしていたんだなと思った。じゃあどう讃えるのが正解か、まだ分からない。でも、いいねじゃないことだけははっきりわかったし、アプリはあくまで補助であって、イベントの核にはなり得ないこともわかった。

僕はこの場所から、将来のスターが生まれてほしいという気持ちがある。でも何か、このリアルなジャムセッションという場所でスターになれる人は、SNSでバズることとは違う方向性の、リアルな音楽スキルや佇まい、そしてそれにかける情熱を全身で表現できるような人になるのではないかと思う。

日常を忘れて「やっぱり音楽っていいな」と思える、あの瞬間を作り出せる人。きっとそういう人こそが、誰もが認めるスターではないか。SNS時代のカルチャーも否定はしないし、そこでできることもあると思うけど、リアルなものは、きっとどんな時代になっても普遍的な魅力を持ち続けるだろうと信じている。

せっかく同じ空間にみんなが集うのだから、そこでしか感じられないもの、そこでしか起こり得ない奇跡をみんなで作る、そういうイベントにできたらいいなと思っています!