連載「世界をつくりなおす、7つの話」 第7話(全7話)
先に、誤解を解いておきたい
ここまで、お金では価値を測れないという話や、効率という宗教の話を書いてきました。すると、こう思われるかもしれません。「要するに、成長をやめて、慎ましく生きよう、という話ですか」と。
違います。はっきり言っておきたい。僕は、脱成長をやりたいわけじゃない。
脱成長——生産と消費を意図的に減速させて、地球環境と両立する社会を目指す考え方だそうです。日本では斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』がベストセラーになって、広く知られましたね。資本主義が地球と人間を使い潰しているという診断の部分は、僕もかなり共有しています。でも、処方箋が違う。縮むこと、我慢すること、抑えること——それが答えだとは、僕にはどうしても思えない。理由は、これまでの記事で書いてきたことの中にあります。人間の余剰エネルギーは、消せない。抑え込まれた余剰は、消えるんじゃなくて、出口を探してさまよう。だから「みんなで縮もう」は、たぶん長続きしない。人間は、そういうふうにできていない。
僕がやりたいのは、縮むことじゃない。新しい未来を作ることです。エネルギーを下げる話じゃなく、燃やす場所を変える話。
必要なのは、人を突き動かす「祭り」
そのために、既存のお金のあり方のままでは、ダメだと思っています。ゴムのものさしで測られ、蛇口に近い順に配られ、複利で勝手に膨らんでいく、あのお金の形のままでは。
じゃあ何が要るのか。制度の設計図でしょうか。新しい税制でしょうか。たぶん、それだけでは人は動かない。人類が大きく動いたときには、いつも中心に祭りがありました。理屈じゃなく、人を突き動かしてしまう何か。損得を忘れて、誰もが持ち寄ってしまう何か。必要なのは、新しい祭りなんじゃないか。
あれは花火か、方舟か
ここで、考えてみたいことがあります。ある起業家の、火星移住計画。人類を多惑星種にするという、あの壮大なプロジェクトです。
あれは確かに、壮大な打ち上げ花火のようにも見える。巨万の富を、採算を度外視して、空に向かって燃やす。何十万人もの人がその打ち上げに熱狂する。現代最大の蕩尽、現代最大の祭り——そう見えなくもない。
でも、と僕は考えてしまうんです。あれは本当に祭りなのか。それとも、積み上げの論理が最後まで行き着いた果ての、人々を選別するノアの方舟なのか。滅びゆく地球から、乗れる者だけが乗る船。だとしたら、あれは蕩尽の顔をした、史上最大の蓄積かもしれない。
実は、宇宙開発が「全員の祭り」になったことが、一度だけあるらしいんです。1960年代のアポロ計画。最盛期には米国連邦予算の4%超を呑み込んだそうで、経済的リターンで正当化できる規模ではなく、その本質は、国家の威信を懸けた「見せるための蕩尽」——ポトラッチだったと言われています。だからこそ、月面着陸の瞬間は世界中の誰のものでもある祭りになり得た。月に行ったのは12人でも、あの映像は、全員の頭上に開いた花火だったんです。
そして、ここに強烈な皮肉があります。米ソがロケットで蕩尽合戦をしていた冷戦の45年間、二つの超大国は、一度も直接撃ち合っていません。歴史家はこれを「長い平和」と呼ぶそうです。核を撃つ代わりに、月にお金を燃やして威信を競った。人類学には傍証もあるらしくて、北米のクワキウトル族は植民地政府に戦争を禁じられたあと、逆にポトラッチを激化させて、その様子は「財産で戦う」と呼ばれたんだとか。そういえば江戸の花火も、玉屋と鍵屋という二大花火師の競演で、「たまや!かぎや!」の掛け声は観客による採点だったと言われていますね。競い合いを火薬でやれば、誰も死なない——祭りとは、戦いの火力を、人が死なない形に流し込む、人類の古い発明なのかもしれません。
ただし、祭りの炉心には、怖い場所もあるようです。バタイユが蕩尽の極点に置いたのは供犠——共同体がいちばん貴重なものを、あえて破壊して聖なるものに返す儀式だったそうで。破壊されるものが貴重であるほど、儀式は強く働くらしい。そして祭りの歴史には、その対象が人間にまで及んだ暗部が実在したと言われています。だから「新しい祭りを設計する」とは、この炉心の火力を保ったまま、「燃やしていいのは宝と時間だけ。人は、絶対に燃やさない」と線を引き直す仕事でもあるんです。
戦争ではない発散の方法
祭りの記事で書いたとおり、燃やされない余剰は、必ず破局という出口を探します。20世紀は、それを二度の世界大戦で証明しました。溜まりに溜まった資本とエネルギーの、最悪の発散方法。
そして今、世界を見てください。r>g の仕組みの中で、使われないお金が、燃やし場のないまま積み上がり続けている。この世界にストックされた、腐りかけの資本。あれは、いつか必ず出口を探します。歴史に学ぶなら、放っておけば、その出口は戦争です。
だから、これは呑気な文化の話ではないんです。私たちは、戦争とは違う方法で、この腐りかけの資本を発散させる必要がある。栄光ある燃やし方を、戦争より先に、発明しなければいけない。それも、方舟のように選ばれた者だけが乗るものではなく、花火のように、全員の頭上で開くものを。
新しい祭りを、小さく始める
僕の手元にある答えの種は、笑ってしまうほど小さい。音楽です。人が集まって、損得を忘れて、一緒に音を鳴らす場。働く大人が稼いだお金と時間の余りを持ち寄って、若者の音と一緒に燃やす、あの小さな祭り。
火星に行くお金はない。でも、原理は同じはずなんです。人を突き動かすものは、いつも、理屈の外側にある。そして祭りは、大きさじゃない。誰の頭上にも開くかどうか、です。
縮むのでも、戦争でもなく。腐りかけの資本の、新しい燃やし方を発明する。
私たちは、新しい祭りを欲している。僕はそう確信しています。あなたの町の、あなたの持ち場で、小さな火を上げてください。花火は、数が増えるほど、夜が明るくなる。
連載「世界をつくりなおす、7つの話」(全7話+補遺)
- 第1話 ひとりでは、わたしになれない
- 第2話 世界は、二つある
- 第3話 太陽は、くれすぎる
- 第4話 ふたつの3億円
- 第5話 測れたら、それは幸せじゃない
- 第6話 世界は、凸凹でできている
- 第7話 脱成長じゃなくて、新しい祭り(いま読んでいる話)
- 補遺 祭りで、飢餓はなくなるの?
反論に答える補遺 → 祭りで、飢餓はなくなるの?