むずかしい名前や専門用語には 📖 のボタンを付けました。開かなくても話は最後まで通ります。気になったところだけ開いてください。

生きづらさの正体を、表にしてみた

コロナの自粛期間、時間だけはたっぷりありました。僕はそのあいだ、ずっと自分の生きづらさの正体を掴もうとしていて、あるとき一枚の表を作ったんです。左の列と、右の列。書き出してみたら、止まらなくなった。

世界は、二つある。やりたいことをやる「芸術家的世界」と、求められることをやる「実業家的世界」

二つの世界

芸術家的世界は、自由で、個性的で、感情的で、非合理。面白いかどうかがすべてで、理解できなくていい。夢見ごこちで、多次元的で、計算不可能。

実業家的世界は、統制がとれていて、理性的で、合理的。正しいかどうかがすべてで、理解できなければいけない。地に足がついていて、3次元的で、計算可能。

下のカードをめくってみてください。当時書き出した対のうち、いくつかを載せます。自分がどちらの言葉に「ほっとするか」を感じながら。

▶ カードをめくって、二つの世界の対を見てください。

芸術家的世界やりたいことをやる
実業家的世界求められることをやる

1 / 18

📖 当時の表・全55行(原典そのまま)
芸術家的世界実業家的世界
やりたいことをやる求められることをやる
自由統制
個性部品化
感情的理性的
非合理合理的
おもしろさ正しさ
理解できない理解できる
副交感神経交感神経
リラックスストレス
背面全面
内的宇宙外的宇宙
情報空間物理空間
多次元的3次元的
夢見ごこち地に足
虚業実業
精神的満足物質的満足
個人社会
右脳的左脳的
計算不可能計算可能
イメージ言語
あいまい正確さ
楽しんでやる努力してやる
革新維持
新鮮伝統
変化しつづけるおなじであり続ける
破壊建築
興味によるつながり利益によるつながり
応援するされる協力するされる
僧侶大富豪
物質にとらわれないことによる心の自由物質を極限までコントロールすることによる物理的自由(を目指す)
とことん探求利益が最大になるポイントだけ探求
心をうごかす物をうごかす
本質的な価値を生む物理的な価値に変換する
すべてを同一に扱う価値あるものに特化する
無駄はない無駄を排除
セロトニンアドレナリン
オキシトシンドーパミン
おたくリア充
自分でコントロールできる他人にコントロールされる
あるがまま自然に抗う
上半身的下半身的
5,6,7チャクラ1,2,3チャクラ
自然エネルギー消費小自然エネルギー消費大
女性性男性性
リスクとるリスク最小限
過去未来
肉体的死精神的死
想像行動
自分のために生きる誰かのために生きる
自分の気持ちを理解する他人の気持ちを理解する
インスピレーション合理性
自己愛自己犠牲
不適応適応
革新習慣
優劣がない優劣がある(計算可能だから)
エントロピー最大エントロピー最小

寄り切った人——ゴッホ

この二つ、どちらが正しいという話ではありません。ただ、どちらかに寄りすぎると、この世では生きづらくなる。

ゴッホは、見事なまでに芸術家的世界に寄って生きた人でした。だから生前は、多大な生きづらさを抱えた。そして死後、社会は彼を最大級に評価した。芸術家的世界の住人を、実業家的世界は「あとから」しか評価できないことが、よくあります。

📖 ゴッホの生前と死後

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)が生前に売れた絵は、確実な記録ではわずか1枚と言われます。弟テオの仕送りで生き、37歳で亡くなった。死後、評価は爆発的に高まり、いまや1枚が数十億円で取引されます。「同じ絵」の価値がここまで変わるという事実自体が、価値が物に宿るのではなく、社会との関係の中で決まることの証明でもあります。

反対側を、馬鹿にしたくなったら

表を作って、いちばんドキッとした発見はこれでした。どちらかに寄った人間は、反対側を馬鹿にしたり、卑下したりする傾向がある。

アーティストが「金儲けなんて」と言うとき。ビジネスパーソンが「夢見てないで現実を見ろ」と言うとき。それは正論の顔をしているけれど、正体は、自分の中の満たされていない反対側への、反動や嫉妬かもしれない。少なくとも僕の場合は、そうでした。

芸術家的世界は、宇宙が始まる前の世界

表のいちばん下の行に、僕は「エントロピー最大/エントロピー最小」と書きました。ここが、この話のいちばん深い場所です。

実業家的世界は、統制の世界。すべてが計算できて、整理されて、秩序立っている。物理の言葉で言えば、エントロピー(乱雑さ)を小さくしようとする世界です。

芸術家的世界は、乱雑さそのもの。ほぼ純粋な精神世界です。創作の最初の衝動って、整理された計画からは来ない。ぐちゃぐちゃの、名前のつく前の、乱雑さのエネルギーから来る。それが形になる(=物理空間に産み落とされる)には、必ず実業家的世界の手法——技術、段取り、締切、お金——を借りることになる。

📖 エントロピーと創造

熱力学第二法則——熱は高いほうから低いほうへ流れ、宇宙全体の乱雑さ(エントロピー)は増え続けます。エネルギーが「流れる」のは、そこに差があるから。創造も同じで、精神世界の乱雑さ(高いポテンシャル)から物理世界の秩序へと何かが流れ落ちるとき、作品という形が生まれる——というのが当時の僕の直感でした。乱雑さの世界は消えてなくならず、この世界と常に表裏一体で存在していて、誰でもそこからエネルギーを借りてくることができる。芸術に限らず、あらゆる創造的行為が、実はこれをやっています。

2022年の答えと、いまの答え

この表を作った当時の僕の結論は、「この二つの世界のバランスをとれ。どちらも満たすことをやれ」でした。それでも十分、生きやすくなった。

でも4年たって、答えが少し変わりました。バランスという言葉には、どこか「中間で妥協する」響きがある。いまの僕の実感はこうです——薄めて混ぜるんじゃなく、両方を全力でやって、行き来する。

平日は実業家的世界の最前線で働いて、ちゃんと稼ぐ。そのエネルギーを、音楽という芸術家的世界に注ぎ込む。どちらも本気。どちらも自分。混ぜない。往復する。この振り子の振れ幅こそが、エネルギーの落差——つまり、創造の源泉なんじゃないか。

実は、表には三列目があった

最後に、白状します。あの表には、ほとんど埋まらなかった三列目がありました。名前だけ書いてあった。「超越的世界」。

埋まっていた行は、たった数行です。

やりたいことと、求められることが、常に同じ。
幸福。完全な調和。愛。悟り。

二つの世界の対立が、対立のまま消える場所。やりたいことをやったら、それがそのまま誰かの求めることだった、という奇跡が、常に起きている状態。僕はそこにずっと住むことはできません。でも、往復を続けていると、ごくたまに、その場所に立つ瞬間があります。たとえば、いいセッションの、いちばんいい数秒間。全員がやりたいことをやっていて、それが全員の求めていることと完全に一致している、あの数秒。

三列目は、目指して埋める列じゃないのかもしれない。二つの世界を、どちらも捨てずに行き来し続けた人にだけ、ときどき開く場所。だから僕は、今日も往復しています。