連載「世界をつくりなおす、7つの話」 第2話(全7話)

生きづらさの正体を、表にしてみた

コロナの自粛期間、時間だけはたっぷりありました。僕はそのあいだ、ずっと自分の生きづらさの正体を掴もうとしていて、あるとき一枚の表を作ったんです。左の列と、右の列。書き出してみたら、止まらなくなった。

世界は、二つある。やりたいことをやる「芸術家的世界」と、求められることをやる「実業家的世界」

二つの世界

芸術家的世界は、自由で、個性的で、感情的で、非合理。面白いかどうかがすべてで、理解できなくていい。夢見ごこちで、多次元的で、計算不可能。

実業家的世界は、統制がとれていて、理性的で、合理的。正しいかどうかがすべてで、理解できなければいけない。地に足がついていて、3次元的で、計算可能。

当時書き出した対は、全部で55行になりました。その中から、いくつか載せます。自分がどちらの言葉に「ほっとするか」を感じながら、眺めてみてください。

芸術家的世界実業家的世界
やりたいことをやる求められることをやる
自由統制
個性部品化
おもしろさ正しさ
理解できない理解できる
夢見ごこち地に足
計算不可能計算可能
楽しんでやる努力してやる
破壊建築
僧侶大富豪
心をうごかす物をうごかす
無駄はない無駄を排除
過去未来
インスピレーション合理性
エントロピー最大エントロピー最小

※ 55行の原典から抜粋。

寄り切った人——ゴッホ

この二つ、どちらが正しいという話ではありません。ただ、どちらかに寄りすぎると、この世では生きづらくなる。

ゴッホは、見事なまでに芸術家的世界に寄って生きた人でした。生前に売れた絵は、確かな記録ではわずか1枚だったと言われています。弟テオの仕送りで生きて、37歳で亡くなったそうです。そして死後、評価は爆発的に高まって、いまや1枚が数十億円で取引されるらしい。芸術家的世界の住人を、実業家的世界は「あとから」しか評価できないことが、よくあります。そして「同じ絵」の価値がここまで変わるという事実自体が、価値が物に宿るのではなく、社会との関係の中で決まることの証明でもあります。

反対側を、馬鹿にしたくなったら

表を作って、いちばんドキッとした発見はこれでした。どちらかに寄った人間は、反対側を馬鹿にしたり、卑下したりする傾向がある。

アーティストが「金儲けなんて」と言うとき。ビジネスパーソンが「夢見てないで現実を見ろ」と言うとき。それは正論の顔をしているけれど、正体は、自分の中の満たされていない反対側への、反動や嫉妬かもしれない。少なくとも僕の場合は、そうでした。

芸術家的世界は、宇宙が始まる前の世界

表のいちばん下の行に、僕は「エントロピー最大/エントロピー最小」と書きました。ここが、この話のいちばん深い場所です。

実業家的世界は、統制の世界。すべてが計算できて、整理されて、秩序立っている。物理の言葉で言えば、エントロピー(乱雑さ)を小さくしようとする世界です。

芸術家的世界は、乱雑さそのもの。ほぼ純粋な精神世界です。創作の最初の衝動って、整理された計画からは来ない。ぐちゃぐちゃの、名前のつく前の、乱雑さのエネルギーから来る。それが形になる(=物理空間に産み落とされる)には、必ず実業家的世界の手法——技術、段取り、締切、お金——を借りることになる。

熱力学では、エネルギーが「流れる」のは、そこに差があるからなんだそうです。精神世界の乱雑さという高いところから、物理世界の秩序へと何かが流れ落ちるとき、作品という形が生まれる——当時の僕の直感は、そういうことだったのかもしれません。芸術に限らず、あらゆる創造的行為が、実はこれをやっています。

2022年の答えと、いまの答え

この表を作った当時の僕の結論は、「この二つの世界のバランスをとれ。どちらも満たすことをやれ」でした。それでも十分、生きやすくなった。

でも4年たって、答えが少し変わりました。バランスという言葉には、どこか「中間で妥協する」響きがある。いまの僕の実感はこうです——薄めて混ぜるんじゃなく、両方を全力でやって、行き来する。

平日は実業家的世界の最前線で働いて、ちゃんと稼ぐ。そのエネルギーを、音楽という芸術家的世界に注ぎ込む。どちらも本気。どちらも自分。混ぜない。往復する。この振り子の振れ幅こそが、エネルギーの落差——つまり、創造の源泉なんじゃないか。

実は、表には三列目があった

最後に、もうひとつだけ。あの表には、ほとんど埋まらなかった三列目がありました。名前だけ書いてあった。「超越的世界」。

埋まっていた行は、たった数行です。

やりたいことと、求められることが、常に同じ。
幸福。完全な調和。愛。悟り。

二つの世界の対立が、対立のまま消える場所。やりたいことをやったら、それがそのまま誰かの求めることだった、という奇跡が、常に起きている状態。僕はそこにずっと住むことはできません。でも、往復を続けていると、ごくたまに、その場所に立つ瞬間があります。たとえば、いいセッションの、いちばんいい数秒間。全員がやりたいことをやっていて、それが全員の求めていることと完全に一致している、あの数秒。

三列目は、目指して埋める列じゃないのかもしれない。二つの世界を、どちらも捨てずに行き来し続けた人にだけ、ときどき開く場所。だから僕は、今日も往復しています。

連載「世界をつくりなおす、7つの話」(全7話+補遺)

  1. 第1話 ひとりでは、わたしになれない
  2. 第2話 世界は、二つある(いま読んでいる話)
  3. 第3話 太陽は、くれすぎる
  4. 第4話 ふたつの3億円
  5. 第5話 測れたら、それは幸せじゃない
  6. 第6話 世界は、凸凹でできている
  7. 第7話 脱成長じゃなくて、新しい祭り
  8. 補遺 祭りで、飢餓はなくなるの?

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