アートとテクノロジーは、もともと同じ言葉だった。

5年ほど前に、「アートとは何か??僕の定義。」という記事を書いたことがあります。大学の一般教養の芸術論で聞いた「芸術とは、運命を変えてくれるものだ」という言葉がずっと心に残っている、という話。その中で、英語のアートということばには文字通り「手段」という意味がある、ということをさらっと書いていました。

最近、この「アート=手段」の続きが気になっていろいろ調べていたら、ちょっと鳥肌が立つことがいくつもあったので、今日はその話をさせてください。

artの語源は、そのまんま「技」らしい

artの語源はラテン語のアルス(ars)で、これはギリシャ語のテクネー(technē)の翻訳語なんだそうです。テクネーの意味は、そのまんま「技」。そして、テクノロジーの語源も同じテクネー。つまりアートとテクノロジーは、一つの言葉から生まれた双子だったらしいんです。

言われてみれば、痕跡はいまも英語のあちこちに残っていますね。the art of war(兵法)、artisan(職人)、state of the art(技術の最先端)。全部「技」の意味です。

日本語もすごい。明治の人たちがartの訳語として作った「芸術」という言葉は、「芸」も「術」も、どちらも技という意味なんだそうです。芸事の芸に、術(すべ)。翻訳した人は、語源を正確に受け取っていたんですね。

リベラルアーツは「自由人の技」

もうひとつ。教養という意味で使われるリベラルアーツ(liberal arts)は、もともとラテン語で「アルテス・リベラレス」——直訳すると「自由人の技」という意味だったそうです。奴隷ではない、自由な人間にふさわしい技能、ということらしい。

つまり2000年前の人たちは、技とは、自由の装備であると言っていたことになる。芸は身を助く、とほとんど同じことを、洋の東西で言っていたわけです。

職人さんの手つきは、アートだった

僕はサラリーマン時代、工場に工具を売る営業をやっていて、そこでいろんな職人さんたちの仕事を見ました。部品なんて機械にかけとけば勝手にできるんだろ??と思われがちですが、全然そんなことはなくて。量産に至るまでの段取りの随所に、職人的なカンと技術が効いている。研ぎ澄まされた感覚、美意識、仕事への誇り。

あのとき僕が見ていたものは、言葉の元の意味で、まさにアートだったんだと思います。5年前の記事で「誰もが持つアートで自らの運命を切り開く」と書いたとき、頭にあったのはあの手つきでした。

じゃあ、いつ「分断」されたのか

ここからが本題です。「芸術は天才のひらめき、技術は計算と効率」という今の常識。あれは、いつからなのか。調べてみると、意外と最近らしいんです。

「ファイン・アート(純粋芸術)」という区分そのものが、1750年頃の発明だという有名な研究があるそうで。それより前は、画家は聖ルカ組合というギルドに所属する職人さんだったといいます。ダ・ヴィンチだって、絵も描く技師でした。

それが18世紀のどこかで、一つだったテクネーが真っ二つに分断された。芸術は「天才のひらめき」の側へ、技術は「計算と効率」の側へ。

そして、面白い——というか、ちょっと怖いことに——ちょうど同じ頃から、美術市場やオークションが育って、絵が投資の対象になっていったらしいんです。考えてみれば当然で、アートから「技」を抜くと、残るのは「天才」。天才は稀少で、稀少なものには値段が付く。技なら稽古すれば誰でも近づけるけど、天才は買い占められる。芸術と技術の分断は、芸術がお金の商品になっていく過程と、どうも重なっているようなんですね。

居心地の悪さの、正体

僕はここ数年、平日はエンジニア、それ以外は音楽、という生活をしています。正直に言うと、どこかにずっと居心地の悪さがあったんです。どっちつかずというか、両方の世界で半分よそ者というか。

でもこの語源の話を知ったとき、その正体が急にわかった気がしました。分断されていたのは言葉のほうで、僕の手は最初から一つのことしかやっていなかった。コードを書くのも、歌をうたうのも、テクネー。二足のわらじだと思っていたものは、もともと一足だったんですよ。

だから、全員アーティストと呼んでいる

以前、LIVEARTISTが定義するアーティストは「測れない価値を、手を動かして生み出している人、全員」だと書きました(測れたら、それは幸せじゃない)。料理で誰かをうならせる人。工具を握って何かを直す人。場の空気を良くする人。

あれは、アーティストという言葉をずいぶん「拡張」した定義のつもりでした。でも語源をたどった今なら、もっと正確に言えます。あれは拡張じゃなくて、復帰です。artの元の意味に戻れば、技を生きる人は最初から全員アーティストだった。狭く使っていた18世紀からの250年のほうが、言葉の使い方として間違っていたんです。

本当のことを言うと、LIVEARTISTという名前を付けたとき、ここまで考えていたわけではありません。でも今ならこう読めます。ライブ=今この瞬間、一回きり。アーティスト=技を生きる人。「今この瞬間に、技を生きる者」。名前のほうが先に正解を知っていて、僕があとから追いついた——そういうことなのかもしれません。

あなたの手の中にも、テクネーがあります。それが楽器じゃなくても、包丁でも、工具でも、キーボードでもいい。分断される前の言葉で言えば、それは全部、アートです。一緒に鳴らしていきましょう。