技は、盗まれない唯一の資産である。

貯金は盗まれる。株は暴落する。家は燃える。でも、あなたの手に入った技だけは、誰にも持っていけません。今日は、技を「資産」として真面目に査定してみる話です。

職人さんの手の中にあった、変な資産

サラリーマン時代、工場に工具を売る営業をやっていた頃、いろんな職人さんの手元を見せてもらいました。図面には書いていない、機械にも教えられない、段取りとカンの塊みたいな仕事。あのとき僕が見ていたものを、あとになって「資産」という目で見直してみたら、これがずいぶん変な資産だったんです。

普通の資産と、性質がことごとく逆なんですよ。

まず、盗めない。金庫は破れても、溶接の腕は破れません。次に、譲れない。遺言書に「長男に旋盤の技を相続させる」と書いても、一円も動きません。技は本人の身体と一緒にしか存在できない。そして、使っても減らない。むしろ使うほど増える。貯金は使えば減るのに、技は逆に、出し惜しみすると錆びていく。寝かせたら減るんです。楽器をやる人なら全員知っていますよね。一日サボると自分にわかり、三日サボると聴く人にわかる、というあれです。

金融資産の常識が、全部裏返っている。でも、資産であることは間違いない。現にそれで人が食べていて、会社が回っていて、値段がついているんですから。

r > g は、技には成立しない

ピケティという経済学者の「r > g」という式が、少し前に話題になりました。資本収益率(r)は経済成長率(g)を上回り続けてきた——つまり、働いて稼ぐより、持っている資産に働かせるほうが速い。金持ちはますます金持ちになる。歴史のデータがそれを示している、という話だと言われています。

あの式を見たとき、悔しさと同時に、ひとつ気づいたことがありました。あの式は、譲渡できる資産にしか成立しないんです。

r > g の世界が回るのは、資本が相続できて、買い占められて、本人が寝ていても増えるからです。ところが技はどうでしょう。相続できない。買い占められない。寝ていたら減る。技の複利は、稽古した時間にしか付かないんです。10年稽古した人の技は、お金をいくら積んでも、明日までには買えません。大富豪の子どもも、ゼロから稽古するしかない。

以前から僕は、お金は指数関数で増えるが、時間は誰にとっても線形だ、という話をしてきました。技という資産は、まさにその線形の側にある。技は、時間という平等な通貨でしか買えない資産なんです。だから技の世界には、r > g の暴走が構造的に起きない。これは、資本の競争に疲れた人にとって、ちょっとした福音だと思うんです。

技の貯蔵方法は、伝承しかない

ただし、この資産にはひとつ、切ない性質があります。本人が死ぬと、消えるんです。

だから技の世界には、金庫の代わりに、独特の貯蔵方法が発達しました。人に渡すことです。楽譜や教則本や動画は、技の記録ではあっても技そのものではありません。帳簿と現物が違うのと同じです。技の現物は、身体から身体へ、稽古を通じてしか移せない。つまり技にとっては、貯蔵と伝承が同じ行為なんです。

面白いのは、渡しても手元から減らないことです。弟子に技を教えて、師匠の技が減ったという話は聞いたことがありません。むしろ教えると増える、と多くの人が言います。預けると増えて戻ってくる——道場とか工房とかいう場所は、そう考えると技の銀行なんですね。僕が「道場」という形にこだわり続けているのは、これが理由です。

📖 ひらく: Have と Be
エーリッヒ・フロムという社会心理学者に『生きるということ(To Have or To Be?)』という著作があり、人間のあり方を「持つ様式(have)」と「ある様式(be)」に分けて論じたと言われています。財産・地位・知識さえも「所有物」として蓄える生き方と、経験し、変化し続ける存在としての生き方。この記事の言葉で言えば、お金は have の資産、技は be の資産です。技は「持つ」ことができず、「技になった自分」として「ある」ことしかできない。だから盗めないし、譲れないし、失う不安からも自由なのだそうです。

ヤマハとトヨタ——技は、形を変えて生き延びる

技という資産のすごみを、企業の歴史で見てみます。どちらも僕の好きな話です。

ヤマハは、1887年に創業者の山葉寅楠が浜松で一台の壊れたオルガンを修理したところから始まったそうです。オルガンからピアノへ。ピアノ作りで蓄えた木工の技が、戦時中には木製の航空機プロペラの製作に転用された。そして戦後、プロペラで蓄えた金属加工の技からオートバイが生まれて、1955年にヤマハ発動機として独立したと言われています。楽器の会社とバイクの会社が同じ「YAMAHA」を名乗り、どちらのエンブレムにも音叉があしらわれているのは、このためだそうです。オルガン修理の手が、100年かけてピアノになり、プロペラになり、バイクになった。

トヨタも同じです。あの会社の出発点は自動車ではなく、豊田佐吉の自動織機でした。1924年に完成したG型自動織機は世界最高水準と評され、その特許権を1929年にイギリスの名門プラット社へ譲渡した資金を、佐吉は息子の喜一郎に托して自動車の研究を命じた、と伝わっています。織機の技——糸が切れたら自動で止まる仕組み——は、いまもトヨタ生産方式の「自働化」という思想の中に生きているらしいんです。

どちらの話も、教訓は同じです。**製品は死ぬが、技は形を変えて生き延びる。**オルガンの需要もプロペラの需要も消えたけれど、手の中の技は次の器に乗り移った。個人でも同じことが起きます。僕は平日エンジニアで週末は音楽をやっていますが、コードを書く技と歌う技は、手元では思っているほど別物ではありません。技の残高は、職種をまたいで持ち越せるんです。

あなたの残高は、思っているより大きい

だから、最後に言いたいのはこれです。あなたが何年も続けてきたこと——楽器でも、料理でも、営業のトークでも、子どもをあやす手つきでも——それは全部、この変な資産の残高です。盗まれず、暴落せず、時間でしか買えず、渡すと増える資産。通帳には載っていないだけで、あなたの残高は、たぶんあなたが思っているよりずっと大きい。

そして、この資産の一番いい運用方法は、はっきりしています。稽古して増やして、人に渡すことです。僕はその銀行の窓口を、これからいくつも作っていくつもりです。あなたの技を、ぜひ預けにきてください。利子をつけて、誰かに渡しましょう。