うまい下手の一列は、実は存在しない。

負け惜しみに聞こえるかもしれません。でもこれは慰めの話ではなくて、市場の構造の話です。順番に説明させてください。

審査員が変わると、結果が全部変わる

僕は音楽をやってきた中で、コンペやオーディションというものを、出る側としても、見る側としても、それなりの数くぐってきました。

その世界にいると、誰でも気づくことがあります。審査員が変わると、結果が全部変わるんです。先週のコンテストで一位だった人が、今週は予選落ちする。逆もある。最初のうちは「水物だから」と思っていました。でも、あまりに毎回変わるので、途中から別の疑いが湧いてきたんです。これはブレているんじゃなくて、そもそも「順位」というものが存在していないんじゃないか??と。

数学に推移律という言葉があります。AがBより大きく、BがCより大きいなら、AはCより大きい。順位というものが成立するには、この法則が成り立っている必要があります。でも音楽の審査では、これがあっさり崩れる。AはBに勝ち、BはCに勝ったのに、AとCを並べたら審査員はCを選ぶ。じゃんけんと同じ、三すくみが平気で起きるんです。

推移律が崩れているところに一列の順位を引こうとするから、結果が毎回変わる。つまり審査は「誰が上か」を測っているんじゃなくて、実は別のものを測っている。その日の、その審査員との、相性です。

職人の工場で見た、「合わせる」という技

サラリーマン時代、僕は工場に工具を売る営業をやっていました。そこで、忘れられない光景を見たことがあります。

精密な部品の仕上げをする職人さんが、部品を基準になる平らな台にすり合わせて、当たりのついた場所をほんの少しずつ削っていくんです。光にかざして、隙間から漏れる光で精度を確かめる。この種の仕上げは「光付け」と呼ばれるのだと教わりました。機械では出せない精度が、この手作業で出るらしいんです。

あのとき職人さんがやっていたのは、部品に点数をつけることではありませんでした。**この面と、この面が、合うかどうか。**それだけです。単体でどんなに美しく磨かれた部品でも、相手の面と合わなければ使えない。逆に、合いさえすれば、そこには光も通らない精度が生まれる。

音楽の現場で起きていることは、こっちなんじゃないかと、ずっと思ってきました。

経済学は、とっくにそれを知っていた

あとになって知ったのですが、経済学には僕のこの実感に、そのまま名前をつけてくれる分野があったんです。

アルヴィン・ロスという、ノーベル経済学賞を受賞した学者がいます。その人によると、世の中の市場には二種類あるらしいんです。ひとつは商品市場——値段だけで決まる市場。小麦や原油はこっちで、買い手は「誰から買うか」を気にしません。もうひとつがマッチング市場——価格だけでは決まらず、「選び、選ばれる」ことで成立する市場。就職、進学、結婚。研修医と病院の組み合わせや、腎臓移植のドナー交換の仕組みを設計したのが、まさにこの人の仕事だそうです。

マッチング市場の特徴は、「一番」が存在しないことです。あるのは「良い組み合わせ」と「悪い組み合わせ」だけ。日本一の研修医、というものはいなくて、この病院とこの研修医は合う、があるだけ。

音楽の仕事を思い浮かべてください。バンドのメンバー選び。ライブハウスとアーティスト。曲と歌い手。先生と生徒。そして、あなたの音楽と、それを必要としている誰か。——ほとんど全部、マッチング市場なんです。それなのに僕らは、この世界を商品市場のように、つまり一列のランキングがあるかのように語ってしまう。オーディションに落ちた夜、「自分は劣っていた」と落ち込んでしまう。測られたのは優劣じゃなくて、その日の相性だったのに。

📖 ひらく: アルヴィン・ロスとマッチング理論
Alvin Roth は2012年、ロイド・シャプレーとともにノーベル経済学賞を受賞したと言われています。シャプレーが1962年に考案した「受入保留アルゴリズム(ゲール=シャプレー・アルゴリズム)」を、ロスが現実の制度設計に応用しました。全米の研修医マッチング制度(NRMP)の再設計、ニューヨークやボストンの公立学校の入学マッチング、そして血液型などが合わないドナー同士を交換でつなぐ腎臓交換ネットワーク。どれも「価格で競らせる」のではなく「組み合わせの安定性」を最適化する仕組みだそうです。著書『Who Gets What』は邦訳も出ています。

「数が勝つ」が、根性論じゃなくなる

この見方に立つと、僕がずっと信じてきた「数を詰めるやつが結局強くなる」という話が、根性論ではなく、ただの合理的戦略になります。

もし世界がランキング市場なら、挑戦の回数を増やすことにあまり意味はありません。順位は実力で決まっていて、実力が同じなら何回出ても結果は同じはずだから。でも世界がマッチング市場なら、話は正反対です。相性は、出会ってみるまでわからない。だとしたら、**出会いの試行回数が、そのまま期待値になる。**100回の場数を踏んだ人は、10回の人より10倍、「合う相手」に出会う抽選券を持っている。

しかも技術と違って、相性の抽選は誰にも買い占められません。お金は複利で増えますが、出会いは一回ずつしか起きない。場数だけは、時間をかけた人に平等なんです。

もうひとつ、マッチング市場には床があります。ランキング市場は一位が総取りして、二位以下は何も残らない世界です。でもマッチングの世界では、時代の真ん中で鳴る音楽の下に、もう一層、広い床が広がっている。結婚式で歌う人、施設を回る人、地元の祭りを支える人、教える人。どれも「誰かとの相性」で成立している仕事で、順位とは関係なく、そこに需要がある。挑戦の床が抜けても、技の床が受け止めてくれる。二層あると知っているだけで、人は思い切って跳べるようになります。

落ちた夜のあなたへ

だから、僕が作っている場——セッションイベントも、これから作ろうとしている仕組みも——は全部、順位を貼り出す場ではなくて、出会いの回数を増やす場です。審査はしない。そのかわり、月に一度、知らない人と合わせられる夜を用意する。光付けの職人さんがやっていたことを、音楽でやる。合うか、合わないか。合わなければ、また別の面と合わせてみる。それだけです。

オーディションに落ちた夜の人に、届いてほしいと思って書きました。あなたは劣っていたんじゃない。あの日、あの面と、合わなかっただけです。あなたと光も通らないくらいぴったり合う相手は、まだ出会っていないだけで、たぶんいます。だから、数を打てる場所に来てください。一緒に、合わせてみましょう。