あなたは、フィルターである。

シンセサイザーの音作りで、一番好きな瞬間の話をさせてください。まず「ザーッ」というノイズを鳴らします。テレビの砂嵐みたいな、ただの雑音です。そこにフィルターというつまみをかけて、特定の高さの成分だけを通すように絞っていく。すると、ただの雑音だったものが、「ウー」とか「アー」とか、まるで誰かの声みたいな表情を持ち始めるんです。

ノイズは何も変わっていません。変わったのはフィルター、つまり何を通して何を通さないかだけ。それだけで、雑音が声になる。僕はこの瞬間に、音作りを超えた何かを見てしまった気がして、今日はその話です。

ノイズとは「全部」のことである

意外かもしれませんが、ノイズって「何もない音」じゃないんです。むしろ逆で、ホワイトノイズはすべての高さの音が同時に、同じ強さで鳴っている状態なんだそうです。低いドも高いドも、その間の無限の音も、全部入り。全部が同時に鳴っているから、どれも聞き分けられなくて、「ザーッ」という無表情に聞こえる。

つまりノイズは、可能性の全体です。そこには最初から、すべての音が入っている。フィルターの仕事は、音を作ることじゃありません。通すものを選ぶこと。彫刻家が石を彫るのに似ています。像を石に付け足すんじゃなくて、石から余分を取り除くと像が現れる。フィルターを絞ると、全部の中から一つの声が現れる。

さらに面白いのはここからで、フィルターにはレゾナンス(共鳴)というつまみがあります。これを上げていくと、フィルターは自分が通したい高さの音を強調し始めて、限界まで上げると、入力のノイズがなくてもフィルター自身が鳴き出すんです。自己発振と呼ばれる現象だそうです。選ぶだけの存在だったはずのものが、自分の声で歌い出す。鳴らせる環境の人は、下で試してみてください。

▶ 再生でノイズが鳴ります。「通す高さ」で声色が、「レゾナンス」を右に上げるとノイズの中から一つの音程が浮かび上がってくるのを確かめてください。(音が出ます・音量注意)

通す高さ 800 Hz
レゾナンス 1

五感は、世界のフィルターらしい

ここで、少しゾッとする話をします。あなたの耳の奥にある蝸牛という器官は、文字通りフィルターの集まりなんだそうです。カタツムリ型の管の中に、高さごとに反応する場所が並んでいて、どの場所が震えたかで音の高さを聞き分けている。シンセのフィルターバンクと、構造がほとんど同じらしいんですね。

耳だけじゃありません。目は、光のうちごく狭い範囲の波長しか通しません。紫外線も赤外線も、世界にはあふれているのに、僕らのフィルターは通さない。つまり、あなたが見ている世界・聞いている世界は、世界そのものじゃなくて、あなたというフィルターを通過できたものだけでできている。哲学では昔から、人間は世界をあるがままには知覚できない、という話があるそうですが、シンセをいじっていると、それが理屈じゃなく手触りで分かります。

📖 ひらく:夢は、フィルターの自己発振かもしれない
レゾナンスを上げたフィルターは、入力がなくても自分で鳴き出します。ここで夢のことを考えてみてください。眠っているとき、目も耳も外の世界からの入力をほとんど閉じています。それなのに、あなたは映像を見て、音を聞いている。入力が止まっているのに知覚のシステムが鳴っている——これはフィルターの自己発振と、そっくりの構図です。日中は世界というノイズを整形していた知覚のフィルターが、夜は自分自身の声で歌っている。そう考えると、夢があんなに「その人らしい」のも、うなずける気がしませんか。

作家性とは、固有周波数のことである

なぜ僕がこの話をアカデミーでするのか、という本題です。

「自分らしさって何だろう」「オリジナリティがないとダメなのかな」と悩んでいる人に、たくさん会ってきました。何かゼロから新しいものをひねり出さないといけない、という顔をしている。でも、フィルターの話を思い出してください。フィルターは何も作っていません。全部が入っているノイズの中から、通すものを選んでいるだけ。それなのに、フィルターごとにまったく違う声になる。

世界は、ノイズです。悪い意味じゃなくて、すべてが入っているという意味で。同じ街を歩いて、同じ曲を聞いて、同じ失恋をしても、あなたに引っかかるものと、隣の人に引っかかるものは違う。その「引っかかり方」の癖が、あなたという楽器の固有周波数です。そしてレゾナンスを上げ続けたフィルターがやがて自分の声で鳴き出すように、自分の引っかかりに正直に反応し続けた人は、いつか外から借りたものじゃない、自分の声で鳴り始める。

だから、無理に「作ろう」としなくていいと僕は思っています。作るな、鳴らせ。あなたの体が、何に震えるか。それはあなたの体だけが知っています。世界というノイズは、今日も全部の音を鳴らしてくれている。あとは、あなたというフィルターを通すだけです。一緒に鳴らしていきましょう。