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できることをすべて出すからこそ、特別なものになる。

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Hiroshi Yoshida

2017-06-16

芸術の世界では、他の人が簡単に真似できないような何かをもっていないと抜きに出た存在にはなれません。何か特別な存在になるために、できることを一つづつ増やして掛け算にしていくというようなことは以前にも書いたかもしれませんが、そこを出し惜しみ?もしくは自ら封じ込めようとして、何かバランスが悪くなってるような人は多い気がします。

何かに興味を持って取り組んだ経験があるということは、それだけで特別なこと。

ダンスや演劇、ピアノや楽器をやっていたけど、やっぱり歌が歌いたい!という人は多いです。歌はあらゆる音楽の根源だと僕は思ってますし、うまい下手に関わらず人は歌うべきだとすら思います。

僕は小さい頃から歌うことが好きでした。お父さんやお姉ちゃんの影響だったのか、小学校の低学年くらいから歌うことが楽しい!ということに目覚めて学校でもずっと歌ってました。

その頃から自分にとって歌は特別なものだったんですね。それは今でも変わらないし、何か辛いことがあった時、苦しい時、そんな時でも自分には歌があるじゃないかと思えるようなものでした。

それが何故だか、大学に入って東京にかぶれたのか、斜に構えたのか(笑)歌を人前で歌うなんて恥ずかしいと思うようになって、大学ではDJをやり始めた。

それはそれでのめり込んで、一日中アナログで4つ打ちのBPMを合わせる練習をずっとしてたなあ。

今思えば、その時の練習はリズムの感覚の軸になったんじゃないかと思う。

そしてそれから機材に興味を持って、打ち込み機材を買い漁ったり、当時はMIDIしか使えなくて、録音なんてできないスペックのパソコンをいじりたおしたり。それは今でも毎日やってることですねw

そこからいろんな音楽を聴く楽しさというのに目覚めた。近所の図書館でワールドミュージックとか雅楽とかクラシックとかなんでも借りてきて、自分の素直な感覚でいいか悪いか判断する、みたいなことをやってた。

で、いろいろ試行錯誤をした結果、やっぱり自分の音楽には歌が必要だと悟る日が来たんです。今思い返せば、あの時歌を封じ込めようとしていた自分はちょっと偏っていたのかなあと思います。

いいことも、悪いことも全部経験値。

とまあ、いろいろと思い返してみたのだけど、きっと人それぞれ、同じように歌を志したとしても、多感な時期に興味を持ったものやら影響を受けてきたことは全然違っていて当然。その中から受けた影響が総動員されたものがあなたの表現。

だから過去をすべて肯定して、プラスに変えることでしか戦えないんです。

小さい頃から歌を習ってきてて、技量でいったらもう果てしなく差がついていて絶望する・・

こんなことってどんな世界でもありますよね。楽器とかでも小さい頃から天才と言われてきた人と比較される対象になる場合もあるわけで。

でも、幸い芸術は技量だけの勝負ではない。数字で勝ち負けが決まるものでもない。

だからこそ、誰かみたいな形にはめて同じ土俵で勝負しようとするより、今まで生きて経験してきたこと、感動してきたことを総動員して、自分だけのやり方で形にする方が絶対に有利。

ていうよりその他の方法では抜きに出る方法がないんですよね。

人生において何かに費やせる時間は限られてます。今から積み上げていっても、同じ道を先に行っている人には一生追いつけないかもしれない。

だからこそ、しばらくは孤独かもしれなくても、自分だけの道を行く方が有利。

その自分だけの道を見つけるヒントは、あなたが過去に積み上げてきたものの中にあるのかもしれません。

僕も最近、いろいろと思い返すことが多くて、自分の本当にやりたいことはなんだろう?と自問自答したりするのだけど

中途半端でばらばらの経験だったかもしれないけど、過去にやろうとしたこと、出会ったもの、好きだったもの、そんなものたちがどこかで繋がっていくようなことを何度か経験してきた。

だから今まで出会ったものには全部意味があるのだと思う。そうやって、どこかに向かって進んでいるんじゃないかと。

たどり着く先はわからないけどいつか、ああ自分はこれをやりたかったんだな、と思える日が来るような気がしています。