まず聞くこと、違いがわかること。
音楽をやるためには、まず音楽を聞くことから始まります。これは間違いないと思ってて、よく音楽は天から降ってくるものだ!とか、溢れ出てくるものだ!とか、僕も言うんですけども、
結局それは過去にどこかで聞いた音楽が自分の中で消化されて、その時その瞬間に一番適切な形で出てくるものだと思っていて、そのインプットがなければ現代の人が理解できるような音階で音楽が出てくるはずがない。
音楽は自由だ、芸術は何でもありだ、というのは間違い無いんだけど、そういうならそもそも音楽に関しては、既存の楽器を使わないほうが自由だし、12音階や均等なリズムなんて制約でしかない。
みなさんが普通に音楽と聞いてイメージする一般的な音楽はつまり、ルールの元に成り立ってるものがほとんどだってこと。
なぜルールは生まれて来たのか?
いやールールなんてめんどくさい、俺は好きにやらせてもらうぜ!そして斬新な芸術を生み出すんだ!!僕も若い頃はそんな風に思ってました。でも結局少しの知識でいろいろやろうと思ってもすぐ行き詰まるんですね。
そもそも何でルールは生まれて来たんでしょう?僕らの前にも、ただの音を音楽というものに変えて来た先人たちの壮大な歴史があるわけです。
なぜだか知らないけど、この音とこの音を組み合わせると綺麗だね、リズムを一定に保ってやるとなんか踊りだしたくなるね、強くしたり弱くしたりするとドキドキするね、とかなんとか。
そう言う人間がもってる本能的な部分に音が影響するということを人類が少しづつ発見してきた積み重ねが今の音楽ルール。現代の音楽は西洋のルールに偏ってる気はするけど、それはおそらくそれが一番理論として体型的に理解されやすい形にまとまっていたからではないかと思います。
おそらく、いろんな音の実験をして来た先人たちはたくさんいるはず。その苦労の上に今のベースとなる理論があって、それをまた苦労して1から掘り起こすところから始めますか???
エンジニアの世界に車輪の再発明って言葉がありますが、まさにそういう苦労をしてしまうことが結構あるわけです。僕もそうでしたw
だから僕は歌でも楽器でも、最初にとにかく真似することを勧めます。これは賛否両論あるかもしれない。でも僕は自分の経験から言ってもコピーは多い方がいいと思ってます。もちろん自分が心から好きなものでいい。
つまり自分が心から感動して来たものを自分の中にストックしていく。その感動がどこから来てるのか??自分でやっている時も同じように感動できるのか??
そうやってコピーを続けるうちにその感動の本質が体に入って来る。それはリズムだったり、ピッチだったり、アクセントだったりするかもしれないですね。それが表現できた時に、何をやってもその本質を表現できるようになる。その繰り返しじゃないでしょうか。
音楽や芸術は左脳で理解するというより、右脳的に感じ取るもの。言葉では説明ができないような感覚的な部分が多くある。だから有無も言わさず真似する、なんか違うな、その繰り返し。トライしつづけてみる。
でも全然同じようにできないんですということはもちろんありますよね。プロが何年もかけて習得した技術をそう簡単に真似できるはずもありません。そう言う時にレッスンだったり客観的な意見が必要なんだと思いますよ。