感動の経験値が足りないと、言われてもわからない。

結局芸術におけるセンスというのも、自分が感動したことの経験値で成り立っている。あとは技術としてそれを再現しようとして、それができているかどうかということがアーティストの技量。

例えて言うなら、コーラスでだれかと一緒にハモった時になんか気持ちいい!!綺麗な音がした!背筋がぞくっとした!そういう経験をしたからこそ、それをまた再現しようとして技術を磨く。そうしてるうちに当たり前にそれができるようになり、正解の判断ができるようになる。

それがわからないではたからああだこうだ言われてもわからなくて当然ですよね。結局何に向かってるのか?それは一つ、何らかの感動なわけで。心が震えないのならば何の価値もない技術。

そんな意味で、よく日本人はリズムが弱いとか言われますが、それは日本人はクラブなどで踊る文化がないから、リズムに合わせて揺れてるだけで気持ちいいよね?っていう感覚がわからない人が多い気がしていて。

恥ずかしがりの日本人は、踊りといえば人からみられるもの、だからちゃんと踊れていなかったらはずかしい。という感覚が強いのでは??だからこそ、集団で一緒に同じ振り付けを踊る盆踊りてきなカルチャーがあって初めて踊ることができる。

でも、クラブやフェスなどでよくみられる、自分の好きなように好きなリズムで揺れているだけでも本当は気持ちいいし、そこにリズム、グルーヴの本質が宿っているはずで。それを知らずにいる人が多い。

日本の伝統的なカルチャーの素晴らしさもあるけど、結局現代のJ-POPはほとんどが洋楽由来のリズムになっているわけで、それなのに日本人のリズムに対する感覚が変わっていないから、リズム音痴とか呼ばれて、人前でリズムに乗ってゆれることすら恥ずかしいと想うようになってしまう人が増える。これは問題だなあと思います。

リズムだけじゃなく、音程も、音量も。

音程も音量も同じことが言えると思っていて、歌でいうならば、歌でも伴奏なしで一人で歌うことはほとんどない。常に他で鳴っている音と一緒になってどういう役割を果たすかということで成り立っているわけで。

つまりメインボーカルもハーモニーの一部分のパートであるということを意識して、周りのピッチと調和していた方が気持ちいいのは間違いない。その気持ちいいという感覚を一つ一つ積み上げていけばあとはそれを技術として確固たるものにするだけ。

音量についても、メインの音量が上がれば周りも音量をあげられるわけで、全体としてのダイナミクスに関わってくる。それを経験してればなぜ大きい方が有利かということがわかる。そして自分の体が鳴っている感覚、全力ですべてを活かしているような感覚も、経験してみないとわからない。

そんなわけで、まず自分が感動する、その感動のストックを増やしていく、そしてそれを技術にするということを繰り返していくのがアーティストとしての成長なのかもしれませんね。