人を感動させるレベルは、そこに注がれたエネルギー量に比例する。

努力は必ずしも報われるとは限らない、と思いますが、僕は経験的にそそに注いだ分だけのエネルギーは必ず何らかの形で伝わっていると思います。

人はエネルギーに突き動かされていて、そのエネルギーの分だけ何かを変化させることができる。そう考えると、理想の形にするためにどれだけエネルギーを注いだかどうかというシンプルな原則が、そのアウトプットの質に影響するし、それは確実に伝わると思います。

ただし、その方向性が間違うことは大いにありうる。よくあるのは、いろんな余計な邪念にとらわれて、伝えるべき方向性がごちゃごちゃになってエネルギーが分散してしまうタイプ。

完成度にエネルギーを注ぎすぎて、本質的な感情、グルーヴ、勢いなどが失われているタイプ。

客観性にとらわれすぎて、どっかから借りてきたようなものに終始してしまい、頑張ってあれっぽい感じになったね、というようなタイプ。

いろんな方向性があるにせよ、その精度、エネルギー量は誰もが評価してくれるもので、確実に伝わると僕は信じています。

自分が良いと思えるまでやれたか???

結局大事なのはこれで、自分が心のそこからいいと思えるものを表現できるまでできるか??本当はこうすべきだと思ってるけどまだできませんというポイントをどこまで追い込めたか??

それはもちろん、みんな理想が高いでしょうから、追求しすぎると何も作れないというループに陥るのですが、そこを諦めずに時間の制約の中でどこまでのレベルの物を出せたか??という姿勢が大切。

どれだけ練習したか?ということより、自分がどれだけ理想をブラさずに追求できたか??ということが大切なんですね。

プロでも、もっとこうしたいああしたいというポイントはどんどん出てくるので、納期がなければ終わりがないというのはよくある話。

結局は、スポーツ選手だって、毎回オリンピックレコードを狙って大会に出るだろうけど、なかなかそうはならない。でも、最初からそれを諦めてそれなりにやっているようでは成長もなければ感動もない。

どこまでやればどのレベル、というのもその熱量、集中量の違いもあるし、一概に言えるものではないですが、音楽というのは心に訴えるものなので、その熱量がそのまま伝わってしまうところがありあます。

というわけで、タイトルの答えは一切出てこなかったですがw ちなみに僕もカバー動画をアップしたり、nanaに投稿するときは数十回くらいやり直してる時もあります。それが練習だと思っているところもあるし、やっているうちにもっとこうできるんじゃないかというのが湧いてきて終わらないんですw

ただ、そこにハマっているのが楽しいんですね。そういう風に音楽と向き合い続けられたら、気が付いた時には相当なレベルになっているのではないでしょうか。