思いを込めた言葉が、音楽を越えることもある。

MCなどでとても熱いグッとくる内容を喋ると、次の曲がとても感動的に響いたりすることがありますね。本人もきっと、本当に心のそこからの思いを言葉にしたとき心が震える感覚があって、それが次の曲の演奏にのっているのもあるかもしれません。

本当は毎回、その楽曲に込められた意味をそのくらいの思いで噛み砕いて伝えることができたらシンガーとしては一流なのだと思いますが、なかなかそうもいかないもの。

練習すればするほど技術的な部分に気持ちが行ってしまい、逆に言葉の意味が飛んで行ってしまっているような歌になってしまったりします。

どっちが大切??と言われたら、僕はどちらも大切だと思っている。なぜなら感動的な言葉を話すだけなら歌じゃなくてスピーチでもいい。素敵な詩を書くだけなら詩人になったっていい。

音楽の、音楽にしかない素晴らしさというのは、言葉も超えて伝わる感情のようなもので、それは万人が、下手したら動物、植物たちにでも伝わるようなものだと僕は思っていて

科学的に言えば、波動、振動が物理的に物体に刺激を与えて、その揺らぎが万物にとって心地よいものであったりすることもあるようだし、実際植物を育てるのにも音楽を聞かせるようなところもありますよね。

そういう音楽の音楽ならではの良さを体得して、自分でその音楽を生み出せるようになるためにはある程度の修行がいる。それは間違いない事実。

そこをすっ飛ばして、言葉や表現、スタイルだけで勝負!!というようなことでは少なくともミュージシャンとしては不十分だと僕は思っています。

いろんなスタイル、表現方法があってもいいと思うけど、少なくとももし歌を歌うなら、基本的な音楽としての良さを踏まえ、それをさらにブラッシュアップしていこうという姿勢はないと歌手としては行き詰まるだろうし、あらたな表現も見つからないでしょう。

よく、ある程度スタイルを確立して、その歌い方である程度の評価を得てしまった人がそこで満足してしまって練習するモチベーションもなくなるパターンがありますが

例えばリズムに対する意識、発声方法に対する意識を新しくすることでまた新たな境地が見えて練習が楽しくなる、というようなこともあります。僕は実際そういうことの繰り返しで音楽を続けてこれたと思っていて、それがなければどこかで飽きてしまったと思う。

そしてその音楽の技術的なアプローチに飽きたら、次はもっと歌詞の世界を表現することだったり、お芝居や他のジャンルから受けた影響や、日々感じていること、日常のリアリティを表現に入れてみることだったり、そうやって世界を広げることができる。

ようはどちらの視点も大切だし、生きて来た人間そのものが音楽なわけですね。という多少強引な締めくくりになりましたがw レッスンでいろいろなタイプの人をみるにつけ、こんなことを考える日々でございます。