Hiroshi Yoshida
2018-12-06
努力は必ず報われるなんてことはない。それはつまり、努力が必ず良い社会的に認められるような結果を産むわけではない、ということ。でももっと大切なことがあるはずで。
レッスンなどしていると本当によくわかるのですが、言ったことをちゃんと自分なりに消化してやって来たのか?というのは見ればわかります。
それが結果としてできている、できていないにしろ、どれだけやって来たのかということは不思議と伝わるもの。それは普段からの言動、態度にも現れます。
それは真剣な顔つきだったり、常に質問してくる内容だったり。レッスンなので、もちろん全員に対して最大限のアドバイスができるようにするのですが、そういう人にはやっぱり教えがいがあるというか、もっと応援したくなりますよね。
それは周りでただ見ている人も同じで、一生懸命に取り組んでいる人は応援したくなるし、そうでない人のために時間を割いているのはなんかもったいないような気もする。
やったら、やっただけのことは必ずどこかで伝わってるよ、と僕もレッスンで言っていますが、本当にその通りだと思います。
結果がどうあれ、自分でやれるだけのことを精一杯やった、という時は、清々しい気持ちで本番に望めるものです。もう土壇場まできたら悪あがきしてもしかたがない。ここで失敗したら自分の力がそこまでだったってこと。
そんな気持ちで本番に臨めたら、僕は失敗する時はあっても、後悔したことはないです。
実力がない自分、才能がない自分より、 一生懸命にやれなかった自分の方が失望感が大きい。
実力がないのは努力で改善していけばいい、才能がないのはもうどしようもないから諦めがつく、でも 一生懸命にやれたはずなのにできなかった失敗というのは、なんでやれたのにやらなかったんだ、という後悔しか残らない。
その瞬間、今を精一杯に生きていれば、自然と悔いもない、不安もない、充実した人生になるというのは、そういうことなのではないでしょうか。
とはいえ、努力、努力というとなんか辛いことをひたすら耐える、みたいなイメージがあってしんどい。だから基本的にはただ楽しく、夢中になって続けられるようなことじゃないとつらい。
最初はめんどくさいと思ってたけど、何かをやりだすと楽しくなってハマる、ということはよくあるので、まず
そんな風に新しく始めたチャレンジをずっと続けられたらいいですね。気負いすぎると続かないし、緩すぎると成長が見えなすぎて楽しくない。いい具合に負荷や充実感を感じつつ、習慣にできたらいいですね!