大丈夫。同じように思っている人たちは必ずどこかにいる。
昨日もいろいろな人と話していて思ったのですが、今の時代、自分で情報を発信し続ければどこかに自分に共感してくれる人がいて、自分の生きやすい世界で生きていくことができる。
よくも悪くもそういう気の合う人を見つけやすい時代なのですから、わざわざ流行などに合わせて自分を変えてしまうのはむしろ、自分の苦手な世界に自ら足を踏み入れているのと同じ。
もちろん、流行しているものに本当に興味があって、そこに自ら入っていく意思があるなら飛び込むべきだし、それができるなら楽しめている証拠だから大いにやるべき。
でもそうじゃないなら、勝手な思い込みで、これをやるならこういう人間にならなきゃいけないんでしょ?とか、思う必要はなくて、きっと同じように馴染めなさを感じながら生きている人たちに共感を得るような生き方もある。
だから堂々とそれを表明していくことの方が、むしろ共感を集めやすいのだと思います。
気持ちを閉じ込めておくのはつまり嘘をついていること。
やりたいことがあっても、我慢に我慢を重ねて耐えるのが美徳、みたいな風潮も日本にはあるのかもしれませんが
短期的にはよくても、それを続けることはどんどん幸せから遠ざかっていくことですよね。自分の本当の心に嘘をついている。それで仕事ができて、お金は稼げて、生きられたとしても、なんだか満たされない心は残る。
例えば、音楽で言えば、売れると思って少し自分の趣味とは違うことをやっていくとする。それをやったとしても、簡単に売れるようなものができるはずもなく、周りからは”彼はああいうのがやりたい人なんだ”という認識になり、自分が本当に行きたいようなところには誘われない。
そしてそれで苦労して売れたとしても自分と趣向の違うファンに合わせてまた取り繕うように振舞いつづけなければいけない。
ビジネスとして考えれば、そういう考え方も必要だ、という意見もあるでしょう。実際それでビジネスとしてはうまくいく例もあるのだと思います。そうしていくうちに、これが自分の運命だったと心から受け入れられる日がくる人もいるでしょう。それはそれで素晴らしいですが
どんな世界でもそうなのかもしれませんが、僕もいろいろやってきた経験からいうと、ビジネスが先行すると結果としてどこかで何かが破綻する可能性が高い気がするし、そうなった時の自分は今まで一体何をやってきたんだ感がすごい。
本当にやりたくないことを必死でやらなければならないという心と体のギャップは精神を追い詰めることもあるし。
だからやっぱり、自分がやっていることに対する信念、愛、ルーツ、アイデンティティ、そしてそれが世の中に少しでも良い影響を与えているという確信、みたいなものの筋が通っていないと、それを一生やり続けるとなった時にどこかで破綻する気がしていて。
規模の大小や、生み出したお金の額、社会的な影響力に関わらず、そういう"一人の人間としての筋の通った仕事"をやり続けられた人というのは、とても尊敬できるし、幸せな人生を生きているような気がします。