学び続けることこそ人生だ。

あらゆることが完成することなく、どんな世界も日進月歩、時に全く違う価値観が現れて世界をガラッとかえてしまい、今まで積み上げたものが一瞬にして壊れる。

そんなことを繰り返して人間の世界は進化してきたのだと思います。そう考えると、いつまでたっても謙虚でいざるを得ない。

誰かと比較して何かの経験値が多くあったとしても、今というこの瞬間においての経験値は等しくゼロ。一瞬一瞬生まれ変わっているような瞬間の連続の中で経験や過去の記憶はただ、それを繰り返すという選択しかもたらなさないことも。

そうやってこの世界が保たれているとしたら、なんというかまあ、その世界の作られ方を認識しつつ、人々の認識に入り込んで、そして少しづつ世界の見え方を変えていく、そんな方法でしか世界は変えられないのかも。

ただ、それさえ分かっていれば自分の認識というのは常に変えることができる。一瞬一瞬変えていくことすらできるということ。それが学ぶということかもしれないですね。

決まったパターンでしか世界をとらえられなければ決まったパターンで返してしまって当たり前。まずそのことに気づかされるということが学びであるし、そのことを知ってからどうふるまうか、という自分の反応の仕方について誰かのマネをして技を増やすというのが学び。

それもまたただその先人が生きたその瞬間にしか有効でなかったものかもしれないけれども、その繰り返しの中からあらゆる状況に対応できそうな、つまり普遍性の高そうなものを選び取って自分に取り込んでいく。

それでもなお、またそれを疑い、また学び、また一瞬一瞬について、立ち止まって自分の反応を省みてみる。

100%の答えが毎回選べることはなく、そもそもそんなものはないのかもしれないですが、気が付いたら自分が描いていた理想のところに来てたな、と思える日が来たら、あの時の選択は正解だったなと思えるのかもしれません。