普遍的なものにこだわり続けて、いつどこでも最高の物を見せられる準備さえできていれば。

世間の注目がどこに集まっているか、というのは時代によって極端に変わりますが、価値あると認められたものの価値は緩やかにしか変わっていかないもの。

例えば、ギターの価値ってそんなに変わらないし、ビンテージだったりするとむしろ上がる一方だったりもします。それは複製が難しいものであって、普遍的に良さが認められてきた"ギター"という楽器のフォーマットであって、その中でも洗練された技術でこだわって作られたものだから。

あと100年くらいするとひょっとしたら、ギターを引く人が激減して、そういう楽器の価値も下がって行くかもしれませんが、バイオリンの価値を考えてみると、プレイヤーの数は少ないはずなのに価値は変わらない。

つまり、大切なのは そのものが確実に人の心を捉えらえるだけの魅力をもっていて、それを万人が認めたものなら、そう簡単に廃れはしないということでしょう。

デジタルの盲点は、複製が簡単、作成も手軽、消費も手軽、であること。

何でもお手軽で簡単、そして依存性が高いデジタルメディアは、その分体験としての重さがないので、消費されやすく、忘れられやすく、残りにくい。

質より量が大切、という主張もとくに初期段階では必要ですが、結局そうやってどんどん全体の質が上がって、レベルの高い物が出揃ってきた時には本質が問われる。

たくさん出して行く中で、とても面白いものがポンと出てくる可能性はありますが、残って行く価値あるものはそういう物だけで、他の物はノイズになっていく可能性もありますね。

今までは、そういう選び抜かれたものしか物理的に世に出すことができなかった訳ですが、今はどんなものでも簡単に出せてしまいます。

その辺は、戦略的に考えつつ、アーティストの初期フェーズではとにかく数で勝負、世に問い続けて何かが当たった時にその方向をがっちり固めて行くために質にこだわる方向に移行するとかそういう考え方もありかもしれません。

何でも自分でやろうとするのは危険。

僕も大いに反省していることですが、デジタルツールによって何でも自分でできるような錯覚に陥りますが、やっぱりそれぞれの分野のプロには叶わないもの。

デザイン、映像、音楽、それぞれの一流のレベルというのはやっぱり専門家が強い。そして早い。時間をかければ未経験の人間でもいいものができるか?というと全くそんなことはありません。なぜなら、 一流の人は一流と呼ばれるまでに、桁違いの時間を費やしてきているのですから。

どんな天才でも全てのジャンルを超一流にやるのは無理。時間が足りなすぎるんです。レベルの高いクリエイティブを追求していく上では、レベルの高い異なるジャンルのクリエイターと接触しようと試みて行くのも、人間関係を広げていく上で大切です。

情報が大量に行き交い、成功した誰かの活躍に焦ったりするかもしれませんが、自分の思考を整理して、やるべきことに力を注ぎ、一点突破するチャンスを狙い続けましょう!