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芸術でお金をいただくということ。

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Hiroshi Yoshida

2021-3-23

音楽に限らず、一般的に娯楽、特になくても生きられる?とされているものでお金をいただくということをどうとらえるか。

お金は喜んでいただくことの対価。

音楽は娯楽の一部で、人によっては生活必需品ではないかもしれません。アートやエンタメ全般がそうとも言えますね。

そんな意味で、そもそもエンタメでお金をもらうということに抵抗がある人がいますが、基本的にはお金は交換するものが何であれ、喜んでいただいたことに対する対価 だから、何か喜んでいただけたのなら正々堂々とお金をいただいて良いと思います。

本当は遊びこそが人間の本質で、、、、とか語りたいことや思想はたくさんあるのですが、その辺の哲学的な考察はまあ置いといて

なぜ、音楽でお金をいただくということ、自分のパフォーマンスに値段をつけることをためらう人が多いのか?という問題について考えてみたいと思います。

これには大きく2つの理由があって

①お金をいただけるほどの自信がない。

②楽しんでやっているのでお金はいらない。

大きくこの二つの方向性が、アートエンタメ、ひいてはクリエイティブ系の仕事全般の経済的な部分で障壁になって、問題を抱える人が多い。

まず①、これは特に日本人は謙遜する文化が強いので、じぶんなんてまだまだ、、もっと上達してから、、となりがち。

しかし、価値って受け取る側が決めるので、自分で安売りしてしまう必要はないんですよね。むしろ自分を安売りすると安売りを求めるお客様しかいなくなって自分も追い込まれていくことになりやすい。

それが戦略ならいいし、むしろ消費財を売っているならそれで大成功しているところは数しれませんよね。

でもアートの世界でそれで成功している人っていますか??むしろ、成功している人ほどプレミアムになっていくのが当たり前じゃないですか??

もちろんそこに至るまでの順番はあります。最初からプレミアつけてもしょうがない。それこそ、値段は受け取る側が決めるのですから。

でも気持ちの中で、安売りは何の特にもならない、ということだけは胸に刻んでおいた方がよいと思います。お金を気にしないで、ただ見ていただければよい、という段階や戦略なら、思い切って無料にするのが今の主流だし、うまくいくのではないでしょうか。

楽しんでいるのは余裕があるうちだけ。

そして②の楽しんでいるからお金はいらない問題。これは、社会的にも問題なのですが、その気持ちを利用していつのまにか搾取されているような構造が出来上がるというのがこの世界の常。

誰でもいらないという人に余分にお金を払うことはしたくないものですよね。その絶妙なところで、いわゆるやりがいの搾取みたいなことになりかねない。

そうして最初は楽しくやっていけたことが、だんだんと苦痛になってくると生活もつらいし何やってんだかどこで抜け出せるんだかというループになりがち。

そんな意味でも、最初から無理ない、自分がモチベーションを保てるくらいのお金をいただいていく、それに見合うだけの自分になっていく、という気持ちはとても大切。プロ意識、責任感、成長にもつながります。

最初からきちんとお金の問題について気持ちを整理していけたらよいですね。