きっかけは、23歳のNYだった
就活に挫折して、自分探しで旅したニューヨーク。そこでたまたま行ったビレッジ・アンダーグラウンドのオープンマイクで、人生が変わるほどの衝撃を受けた。
ホストはマライアやディアンジェロのツアーメンバー。ほぼみんな黒人の若いシンガーたち。スキルの高さはもちろん、盛り上がりの熱量と全員の合唱が、それまで体験してきた日本のライブとは根本的に違っていて、まさにカルチャーショックだった。でも、なんかそれで心が決まった。歌を歌いたい、と。
日本のセッションが、自分を育ててくれた
帰国してバンドもやったけど、続けるのが難しくて挫折した。その後、東京にも同じようなセッションがあることを知って、いろいろ通うようになった。主に池袋マイルスカフェのソウルセッション。毎週金曜、週ごとに変わるホストで、今は方々で活躍しているミュージシャンたちと、ほとんどそこで出会った気がする。
活動を始めたのも遅くて、どんな活動をしたらいいのかもわからなかった僕にとって、当時のホストのみなさんはずっと憧れであり、先生だった。習うより慣れろ。そこで揉まれること自体が修行で、しかも人とのつながりが一緒にできていく。今振り返っても、あれ以上の成長環境はなかったと思う。そんなことを続けていたら、まだ駆け出しだったSWEET SOUL RECORDSのチームと出会い、そこからいろんな運が開けて、久保田利伸さんのツアーコーラスにつながった。
音楽は、言葉を超えて通じ合える
セッションに行っても、自分から話しかけて友達を増やす、みたいなことはあまりできていなかったと思う。
それでも、セッションは言葉じゃなく、音楽で何か通じ合える。一緒に音を出せば、認め合える。それができるのが音楽のよさだと思う。
その奇跡は、AIが来ても消えない
SNSの時代は、短い時間でどれだけ注目を集められるかが大事なのかもしれない。でも、本気でやっているミュージシャンほど、魂が消耗して苦しいだろうなと思う。ミュージシャンが発する何気ない一音に、膨大な練習が詰まっている。それを自分は実感として理解しているつもりだ。そして、それは必ずしもSNS映えするものじゃない。録音ではいまいちピンとこないのに、現場ではとんでもなくいい、ということが生演奏にはある。
コスパもタイパも、めちゃくちゃ悪い。生の演奏ができるようになるまでの練習は、そういうものだ。でも、そこから生まれる奇跡の瞬間と、そうやって誰かとつながれたときの喜び。どれだけAIが音楽を流暢に作れるようになっても、これは絶対に無くならない。人間の生きがいであり続けると、僕は信じている。
6年を経て、もう一度
コロナで中止して6年。J-POP JAMを再開するにあたって、改めて原点から振り返り、みんなと議論を重ねた。自分なりの答えは、やっぱりその純粋な音楽の良さを信じたい、ということだった。
自分がずっと音楽を続けてこられたのは、成長したいという意義もあったけど、それ以上に、毎週あの場に行けば、知らない誰かの素晴らしいプレイや、奇跡みたいな展開が偶然生まれる瞬間に立ち会えたから。帰るときにはいつも、やっぱり行ってよかった、もっと頑張ろう、と思えた。あの体験そのものだった。
大事にしたいのは、尊厳とリスペクト
「主役を気持ちよくさせる」体験とはちょっと違って、ここはお互いをリスペクトし合うことから始まる場所にしたい。音楽家が一音を生み出すことの価値を、もっと世の中に広めたい。生演奏家が活躍できるフィールドを、もっと広げたい。だからこそ、「演奏に感動がある」というクオリティのラインは、絶対に守らなければいけない。
サポートミュージシャンの仕事は、人間性も高くないとできないと思う。でもそれは、媚びてばかりということじゃない。自分の信念、感受性、プライドを持って、お互いをリスペクトしながら一緒に作り上げる。その関係性を、参加者とも共有できる場所にしたい。
生演奏というハードルがあるからこそ、一段上の思いを持った人たちが、一段深いところでつながれる。その出会いの質を保ちたい。
日本にしかない、新しい文化を
最近の若い子たちは、ネットの影響か、時代性や国境、ジャンルの感覚がほとんどないと感じる。そして今は日本の音楽アーティストが海外で活躍し始めている。
だからこそ、日本にしかあり得ない、新しいジャムセッション文化、演奏文化を作りたい。普段セッションに行かない人——バンドシーンや、趣味で一人で楽器をやっている層、サポートミュージシャンの界隈——とも交流が生まれる場所を作りたい。まだ誰も開拓していない文化だから、全部にシナジーがあるし、大きな可能性が眠っていると思うし、世界的にも独特な日本のカラオケ文化に象徴されるように、仕組みがあって、背中を押されたらやりたい、謙虚さの美徳みたいな日本人の気質はアプリととても相性がいいのではないかと思っている。
いつか、かつて自分が旅したNYで体験したように、日本に来た旅行者がふらりとJ-POP JAMに遊びに来て、その人の人生を変えてしまうような体験ができる場所になったら。そんな日を夢見ています。