歌は歌うものではなく、溢れ出すものだ。


歌を上手に歌おうとすればするほど、何を目指していいのかわからなくなりますね。それも当然、技術だけ上手な歌はただの声遊びみたいなもの。それが楽しいこともあるでしょうが、もっと大切なことは他にあるはず。

歌は原初の感情の中にある。

タモリさんの歌理論は至言 | 喉ニュース 1600万アクセス

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そんな中でのタモリさんの名言。しかしタモリさん、さんまさん、たけしさんらの名言ってのはあらゆるジャンルで納得させられるものがありますね。

歌はおそらく、言葉があるより先にあったと思います。歌というより”声”かもしれませんが。歌うことは本来もっと自然なことだったはずで、今でも歌の歌詞で一番多いのはラブソングだと思いますが、ひょっとしたら原初では本当に求愛のために歌っていたのかもしれませんね。

そんな時に、歌の技術がどうという価値観があったのかどうかわかりませんが、きっとそれでも伝わるものがあったでしょう。求愛、喜び、悲しみ、いろんな場面で自然になんらかの意味を持ったうたが溢れていたことでしょう。

現代では、歌うことも何か一つの競争の対象になっている面もあるかもしれません。誰かは誰かより魅力的に歌う、という評価が気になって、本来あるべき歌の意味が失われているのかも。

うまく歌えなくてもとにかく歌にしたい思いがあれば、伝わるものは確実にある。それを素直な気持ちで見つめなおしてみる。

こういうスタイルの歌はこう歌うべき、というような情報が歌の評価基準としてごちゃごちゃになって広まってしまって、喉声はダメだとか、口を開かないとダメだとか、喉を開かないと、お腹から声を出さないと・・・というようなことが絶対みたいになっている。

もちろん僕もより声を出しやすくする方法論としてそういうアドバイスをしますが、それよりもっと大切な根本の意識は、あなたから溢れ出す歌いたい衝動なわけです。

いろんな評価を気にしながらいろいろやっていくとよくわからなくなってしまいますが、本来いつもそばにある、言葉を話すのと同じように自然な行為としての”うた”を、取り戻すことができたらもっと違う表現ができるようになるかもしれませんね。

ボイトレはただの基礎トレ。忘れるためにやっている。

というわけで、例えばサッカー選手が試合中に”この筋肉が動いてないからうまくいかないんだ!”なんて思うわけないのと一緒で、

歌う時には全て忘れても問題が出ないように、普段から基礎力を鍛えていくものです。むしろ本気で歌おうという時に意識してしまったらただの余計な雑念ですよね。

あたりまえにできることのレベルを上げていく、それが当たり前にステージで発揮されるだけ。それに近道はないし、何かを意識したらうまくいった!なんてのはまだまだ過渡期の何かでしかないと思います。

なにより、歌に入り込む意識、集中力、そこから溢れ出すなんとも説明のできないエネルギーみたいなものこそが歌の本質だと僕は思っています。

 

この記事を書いた人

吉田 博
吉田 博
2004年、早稲田大学政治経済学部卒業後に歌を志す。メーカー営業マンとして働く傍ら2010年久保田利伸全国ツアーのコーラスメンバーに選出され脱サラ。楽曲提供、全国全都道府県ギター弾き語りツアーなど敢行。西野カナ"Dear Bride"、"Esperanza"、"beloved"他多数作曲(共作)、AKB48"M.T.に捧ぐ"作編曲、乃木坂46”光合成希望”作曲、XOX"ダイジョーブ"作詞作曲編曲など楽曲プロデュース。久保田利伸、嵐、堂本光一ツアーなどにコーラス参加。
 
LIVEARTIST代表。
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