”死にたい”と検索して、本当は生きる意味を探しているあなたへ。


先日もWelqの問題について書きましたが、”死にたい”というキーワードで検索上位に転職サイトがくるようにされていたとか。この時代の生きづらさ、それは大半がお金、それにつながる仕事の問題から来ているのではないでしょうか。絶望の淵から、何を捨てて、何を得るために生きるのか。そんなことを真剣に考え続けてきた僕なりのメッセージ。

やりたいことで生きるとは言っても。

好きなことを仕事にとか、やりたいことで生きて行くとか、そんな安易なメッセージがたくさん溢れている昨今。いろんなことを諦めて、とにかく目の前のことにしがみついて生きるしかない。特別なことができる自信もなく、ただ過ぎていく日々に希望もないけど、かといってどうしていいのかもわからない。

僕もちょうど、就職活動に失敗してフリーターになった時にそんな日々を過ごしていました。音楽をやりたいという気持ちはずっとあったけど、かといってその時何ができたか?プロに通用するようなスキルは一つもなかったです。

その時は本当に、いろいろな面接に失敗してどんどん自信をなくしてしまっていました。そんな時、好きな音楽のライブをやっているお店にバイトで入るも、とても厳しくてすぐ退職。好きなことに関わる仕事さえ、根性がなくてやめてしまうような自分は、もう一生社会に適応できないんじゃないかとか思ってしまって、どんどん負のスパイラルに落ちていっていました。

東京で一人暮らしをしていた僕は、実家に帰ってこいという親の説得を無視し続けました。それをやったら本当に引きこもりになってしまうような気がして。あとやっぱり音楽をやりたいという気持ちが唯一の生きる道でした。

次にやった仕事は工事現場の警備員。本当に、その当時は仕事をやれる自信がなかったんです。でもそこで、ちゃんと遅刻せずに出勤する、人並みに働ける、という自信を少しづつ取り戻して、本当に少しづつ生きていけるという自信を得ていきました。

苦しみを分かち合い、そこから共に這い上がったと思った矢先に、旅立ってしまった友へ。

話は変わりますが、今年僕の大学の友人がうつ病気の末、他界しました。当時彼とは共に就職活動がうまくいかなくてよくお互いを励ましあっていた仲でした。

彼は最初、親類のつてで会社に入りましたがなかなかやりがいを見出せなかったようで、苦学の末に弁護士になりました。彼は正直、心の底から弁護士になりたかったというわけではない様子でした。やはり学歴や周囲の期待、将来の安定などを鑑みて彼が選んだ道だったのだと思います。

しかし、弁護士の仕事というのも様々なプレッシャーの多い仕事だったようで、しばらく会わないうちに彼の思いを聞くこともなく旅立ってしまいました。

お互い就職がうまくいかなかった間柄だったせいか、彼は僕にだけはよく弱音やネガティブな面を見せてくれていたのかもしれません。お互い音楽が好きだったし。

よく冗談めかして”もう死にてー”と言いあっていました。まさか、本当にそんな日がくるとは思わずに。

彼は優秀で、根が真面目だったので、置かれている状況を真剣に捉えすぎたのかもしれません。責任感も強かったと思います。たくさんの友達に愛された男でした。

しかし、いいかげんで、適当で、わがままで、傲慢で自己中心的な人が世の中でしぶとく生き延びている例はたくさんあります。自分もそうかもしれません。その力は実は、人が生き延びるための自己防衛本能なのだと思います。

自分のキャパシティを超えていろいろなことを抱えてしまっても、誰のためにもならないことだってある。

実は他人に尽くすと人は離れていく。自分のことを大切にする人間の方が人が集まってくる、というような話をどこかで聞いたことがありますが、それもおそらく自己防衛本能が強い=生き延びる可能性が高い、人を惹きつける生命力につながっているのかもしれません。

社会の当り前からドロップアウトしてみる。

僕の例に話を戻すと、一度社会の普通の価値観の世界からドロップアウトして、フラットな状態から世の中を見れた、そしてそこからでもなんとかして生きていけるし、最悪お金がなくても幸せになれるという確信を得れたということが、その後不安定な職業についても生きていける自信になっていったと思います。

大多数の普通の人たちは毎月給料が入ってくるのが当たり前と思っているかもしれませんが、世の中のどんな会社でも、売上が上下するのが当たり前。むしろそれこそが社会の本質なんです。そのリスクを感じずに生きれている方がおかしい。

そして、そんな安定した生活があたり前、と感じる普通の人たちで構成されている社会だから、家や車やテレビもってて当たり前、結婚して、子供もいて当たり前。そんな当たり前の枠からはみ出てしまうとちょっと変な目で見られてしまう。

でもそんな当たり前から逃れたらすごく楽になれる。だって本来そっちの方が本当だから。人生はリスクに満ち溢れていて、その荒波にどうにかこうにか立ち向かいながら生きる方が、自然でエネルギーに満ち、自分の能力をフル活用した状態になれるはずなんです。

野生のカン、野生の声を取り戻せ。

メンタルの不調は、絶対にフィジカルな不調ともつながっています。心と体は一体だなと、声に関わる仕事をしていると本当に思います。いわゆる丹田、ハラから声を出す、など、体の中心は腸と関わりが強い。もともと人間というのは腸だけの存在から発達しているので、脳よりも腸が実は大切な役割を担っている部分もあるんです。

それは食べ物の問題だったり、姿勢が悪くなって腹圧が下がってしまっている状態だったり、現代人が陥りやすい様々な生活習慣がメンタルの不調とつながっている可能性がたくさんあります。

腹圧、姿勢というのが人間の最も大切な基礎”呼吸”につながっていて、呼吸が浅くなることで脳内物質の分泌が崩れ、さらなるメンタルの不調を起こします。

ストレスが溜まったら、なんでもいいから体を動かす意味のないダンス。そしてひたすら叫ぶとかでもいいんです。野生の声は魂を解放させます。

とにかくそういった本能の衝動を抑えない。野生のうずきをたまに解放することで、心と体のバランスを保つことができるでしょう。

僕は過剰なストレスを感じた時に、ひたすら歩いてしまうということがたまにあります。散歩のつもりが数キロ歩いてしまうのです。

前述したバイトを辞めた時も、もう辛すぎてバイト行けないという気持ちが勝って、バイト先の前まで行ったけど入れず、そのまま街の中をずっと徘徊していました。

もちろん、よくないことをしたと反省しています。でもそれが自己防衛本能だったのかなと思います。人生において、そんな失敗や迷惑をかけてしまうことが何度かあってもいいじゃないですか。そこから教訓として何かを学んで、また前に進んでいければ、いつか笑ってそこに行くことができるはず。僕も10年経ってからまたそこに行くことができるようになりました。

生きていれば、迷惑をかけたり、嫌われたり、笑われたりするけど。

誰だってみんなに好かれて、尊敬されて、完璧な人間になりたい。でも誰もそんな風には生きられない。そんな不器用で不恰好な人生でも、信じられるようにすること。愛せるようにすること。それしか幸せになる方法はない。そのために必要なのは、前向きな生活の習慣、前向きな思考の反復レッスンみたいなものだと思います。

普通の価値観からドロップアウトして生きようと決めたあなたに僕の経験から言えることは、無責任ですが、”大丈夫なんとかなるよ!”ってこと。

ここまでシリアスに語っておいてなんですが、不安定も何周かすると、危機が来ても、もう笑うしかないってなります。だってそれ以外に何もできないし。

バタバタしてもしょうがない。死ぬ時は死ぬ。不安なんて数えればきりがない。備えるだけで人生終わるような生き方しても仕方がない。

そんなしょうもないこと考えながらびくびくして生きるくらいなら、馬鹿にされるような大きな夢でも抱いて死んだ方がいい。

普通の価値観からドロップアウトするって、独立するとか、自由な職業に就く、とかそんなことだけじゃないんですよ。

今いる環境で、本当はこうすべきってみんながわかっているのに勇気がなくてできないとかそんなこと山ほどあると思う。

普段から思っていることを上司に意見してみるとか、そんな些細な行動で確実に人は変われる。なぜならその行動は前を向いているから。

どうせ聞き入れてもらえない、とか考えたらまたいつも通り。永遠にいつも通りです。やってみる、ダメだったらまた次も考える、何度もトライして本当にダメならやめてやる。それこそが前に進むということ。

それを思うだけでちょっとドキドキしませんか?どうやって言おうか、どうやって現状を変えてみようか。僕もサラリーマン時代はそうやって、自分から仕事を面白いと思えるように変革しようと心がけていました。そうやってマイナス思考から抜け出すことができて、今につながったと思います。

ARTとは運命を切り開く手段。

長々と語ってきましたが、最後に僕がこのLIVEARTISTという活動に込める思いを。

僕自身、20代の頃はあらゆることがうまくいかず、夢と現実の間でひたすらもがくだけの日々でした。”死にたい”、という言葉が口癖のように頭をよぎっていく、そんな時もありました。

でも今は、その思考パターンは全て習慣によるもので、自分という人間の本質ではないと確信しています。心と体のバランス、生活習慣、環境を変えていけば、誰でも自分の望んだ姿になれる。そうすれば人は運命を変えることができると思っています。

そして、その中心になんらかのARTがある。音楽、美術、映像、などだけでなく、ファッションや食、工業製品、サービスまで、すべての人間が作り出せるものごとはARTになりうると僕は思っていますが、

あなたの心にかすかに浮かぶ、興味、ワクワクが解放され、そこに夢中になって向かう時、それは他の人には決して到達できない特別なものになり、みんなを引きつける魅力を放つ。

それこそが、あなたの生きる糧となる手段つまりART。そんなARTISTのお手伝いをしていくことこそ、僕の役割だと思っています。

この記事を書いた人

吉田 博
吉田 博
2004年、早稲田大学政治経済学部卒業後に歌を志す。メーカー営業マンとして働く傍ら2010年久保田利伸全国ツアーのコーラスメンバーに選出され脱サラ。楽曲提供、全国全都道府県ギター弾き語りツアーなど敢行。西野カナ"Dear Bride"、"Esperanza"、"beloved"他多数作曲(共作)、AKB48"M.T.に捧ぐ"作編曲、乃木坂46”光合成希望”作曲、XOX"ダイジョーブ"作詞作曲編曲など楽曲プロデュース。久保田利伸、嵐、堂本光一ツアーなどにコーラス参加。LIVEARTIST代表。

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