J-POP黄金時代の90年代から2000年代へ、時代と共に消費サイクルが早くなりすぎた??
こちらの記事をみて考えたのですが
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時代と共に、だんだんとポップスのリスナーは歌詞の意味を想像して膨らませる能力がなくなったので、あまり深いことを書いても伝わらない、ということを言われてるようなきがしますね。
僕が思うに、これは時代の流れによるポップスリスナーの生活環境などの変化も大きいと思っていて、例えば
- 携帯普及、着うたなどを経て、なるべく短く、なるべくわかりやすいものが消費されやすくなった。
- CD黄金時代を経て、下降する一方の市場で、作り手側もリスナーによりわかりやすく売れやすいものしか提供しなくなった。
- ゆとり教育などの影響で、日本語の複雑な情緒の変化などを読み取る能力が低下した?
- マンガ、動画など、情報量の多いメディアに慣れすぎて、活字文化離れが進んだ?
というようなことが考えられる気がしています。
しかし僕は、これは作り手側がそういう意識になりすぎてしまったのも大きいような気がしています。自分も含めてですが、ポップスのプロデューサーがあまりに即物的な歌詞ばかりを書くようになってしまった。
基本的にポップスのリスナーというのは存在していないと僕は思っていて、日本で暮らしていて、人並みに音楽や歌うことも好きで、テレビやネットや周りで話題になっているヒット曲くらいは聞いたりするという人は今でもたくさんいると思うんですが
自分から積極的に音楽を探したりしない人たちにとっては、メディアを通して飛び込んでくる音楽がすべて。そういう音楽が簡単に理解しやすいものばかりになっていたら、当然その中から気にいる物を選ぶしかないわけで。
鶏が先か、卵が先かみたいな話ですが、最近テレビで流行っている俳句の格付けなどをみていても、俳句が日本でまだお茶の間で受け入れられるくらいのポピュラリティーがあるんだから、やっぱり日本人の繊細な言葉を理解する能力は衰えてないのでは?と思うところもあります まあ、テレビみてるのがもう上の世代しかいないという可能性もありますが・・
RADWINPS野田洋次郎が切り取る今の空気感。
そんな中で、僕は今一番ポピュラーに受け入れられていて、歌詞の世界観がリスナーの想像力を掻き立て、とても巧い表現、素晴らしいセンスを持っているアーティストだなあと思っています。
かつてミスチルやBUMP OF CHICKENなどが担っていたポジションを今彼が持っているような気さえ僕はしてますが
ぱっと聞いたところ意味がわからないけど、巧みな比喩などで世界観を描き、現代日本を生きる人々の心にすっと入ってくるような楽曲を作れるのは彼が今一番じゃないかと。
至る所で僕がゴリ押しする米津玄師やあいみょんも、これからまだまだ良い楽曲を出してくると思いますが、野田洋次郎は本当にクレバーな感じがしていて、エッセンスを汲み取って編集して、形にする、というプロデューサー的能力もものすごく長けていると思います。
そんなところで、いろいろ考えてみましたが、まだまだ日本人に刺さる新しい歌詞表現はたくさんあるはず!と信じて、ハッとするような表現を追求していきたいもんですね。