歌うなんて恥ずかしい。夢を追うなんて恥ずかしい。

いろんな葛藤を経て、やっぱり夢を捨てきれずにボイトレに来てくれる子も多いです。そんな風にくすぶっている人たちへのメッセージ。

人生は誰のものか?

僕は生まれてこのかた、自分のやりたいことをやれないなんて意味がわからない、と思って生きてきました。ある意味で、末っ子で甘やかされて育ったせいもあるのかもしれません。恵まれていたのかもしれません。

でも、考えてみてください。みんな自分の意思で生まれたいです!と言って生まれてきたわけじゃないですよね?なのに、急に産み落とされて、大人になったら嫌な仕事でもとにかくやれ、そして働かざる者食うべからず、って意味わかんなくないですか?奴隷になるために生まれてきたんじゃないし。

いやいや、おれ別にそんな世界望んでないし、ってなりませんか?僕はずっとそう思って生きてきました。だから、いやなことを死ぬまでやりつづけなきゃいけない人生ならもう死んだ方がいいとすら思ってきました。

だからこそ、好きな音楽を仕事にする、こんな生き方を選んできました。

でも現実は結局最初はあんまりやりたくない仕事もたくさんしないと食べていけなかった。

でも、そんな仕事をさせてもらいつつ、人生で大切なことをたくさん勉強させてもらえたと今では本当に感謝しているし、嫌だと思って始めた仕事も、一生懸命やると楽しかったり、誰かが喜んでくれると本当に嬉しかったり。

そんなことを繰り返しながら、葛藤しながら生きてきたら、なんとなく今は本来やりたいと思っていた音楽に関わってい生きていけている現状です。

さて、自分の意思って、自分の人生って何でしょうかね。

歌うことが救いだった。

自分の人生を振り返って考えると、歌うことは自分にとってあらゆる意味での救いだったと思います。小さい頃から歌うことが好きで、歌っているときは何か違う世界にいけた。空を飛んでいるような気持ちになれた。こっそり布団の中で練習したりしながら、ヒット曲を真似して歌えるように練習していたのを覚えています。

思春期になって、何か上手く行かないこと、自分のコンプレックスとかも気になり出したりして、内気になったり、ネガティブになってしまった時も、歌うことだけは心の支えであり続けました。

歌うことは自分が生きて行く上で最後まで信じられる宗教みたいなものだったし、今もそうなのかもしれないです。

芸術は運命を変えてくれるもの。

大学に入って、芸術論という授業を取った時に、衝撃を受けた内容がありました。それは”芸術とは、運命を変えてくれるものだ”という話でした。それはいまだに、僕の人生の基礎になっています。

とあるオーディション番組で、著名なプロデューサーの方が”あなたの歌を聞く前と後で、聞いた人の人生が変わるか?”というようなことを言っていて、まさにそれだと思ったのですが

芸術とは、魂を震わせるとは、僕の考えでは人が本来あるべき姿を思い出させてくれるような、魂の拠り所、”HOME”みたいなもので

その本来あるべき姿を再確認させてくれることで、生きる方向性を示し、そのエネルギーを与えてくれるような力があると思っています。

歌うことの恥ずかしさは

歌うことが恥ずかしい、というのは、その”本来あるべき姿”いわば丸裸の人間そのものをさらけ出す、という部分にあるのではないでしょうか。

まして、それで生きていこうとするなんてねえ・・でも、実はみんなが心の底で憧れている姿だったり。

そういう姿を、生き様を、誰もが潜在的には望んでいるし、かっこいいと思っている証拠かもしれません。

僕は、こういう生き方をしてきたせいもあるかもしれませんが、そんな理由で、芸術にはお金で換算できないくらいの価値があると思っています。

お金という誰かが決めたルールでは到底測りようのない、誰かの人生を大幅に変えてしまうだけの力があると思っています。

だからみんな胸を張って欲しいんです。歌うこと、魂の赴くままに表現することに。

そして逆に、歌うことを決まった枠組みの中で捉えすぎて、こじんまりしないでほしい。正解は、きっとあなたの中で心が、体が震えた時にわかる。誰かに言われるんじゃなくてね。

何か本当に”心”が動いた時に、歌が生まれ、詩が生まれ、芸術が生まれる、と僕はずっと信じています。

2018-10-15T00:49:55

アーティストの考え方