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全ての理造像を言語化してみることで見えること。

Hiroshi Yoshida

2021-5-11

理由はよくわからないけどできない、理由もなく過去にないからできない、昔あれができなかったらからできない。。など、根拠もなくできないとしてしまうとそこですべてが止まってしまうことがよくあります。

言語化することは、見えないものを見えるようにすること。

人間は言葉で世界を認識していますから、どんなことでも言語化してしくことで何かをあるものとして認識できます。そう考えると、なぜかできない、という理由もないトライを延々と繰り返しているよりも、これが原因でできないのではないか?というポイントまず認識し、そこに仮説を立てて検証していくことで、それがすぐに解決されることはなくても、解決方法を考え、行動するという前向き思考に落とし込める。

このことが何よりも大切で、人間はとにかくモチベーションさえあれば生きているし、前に進んでいるという実感さえあればやりがいも感じられる。 しかし謎のまま、何か動かしがたい謎の力や運命のせいみたいにしてしまうと、あきらめしか見えないもの。

簡単にできることばかりではないですが、そうやって仮説検証のループに入って集中しているうちは不安などもなく、どうしたらいいんだろう、、と暗中模索、さまよい歩くこともないでしょう。これは人生のあらゆることに充てはまると思います。

時に先人たちの知恵がその回答を示してくれることもあるし、直接その答えにならなくても、まったく違うところで得た知恵が今のテーマに当てはまって解決になることも往々にしてありますよね。だからこそ何事も学び続けることで新しい道が開ける。

日々、暗中模索しているなあ、と感じるとしたら例えば、なりたい姿を想像してみる、そしてそれを阻んでいる要因みたいなものをとにかく羅列して書き出してみる。そうして可視化する。そんなプロセスも有効だと思います。でも、ここで落とし穴があって、人間は現状維持機能がありますので、本当に心の奥底に眠っている、変わりたくない、変わらなくてもいいじゃん、今生きられてるしそれでいいじゃん、という悪魔が?w本当の問題を見えなくさせたり、それは書き出さないように無意識が止めてしまったり、例えば過去の何かのせいで自分はこうだ、という決めつけを決して捨てることができなかったり、いろいろしているんですね。

そんなわけで、問題を言語化してみる、というのもしんどい人はしなくてもよいと思いますし、問題、課題、タスクみたいにとらえてしまうとネガティブな方向に向かってしまうし僕も嫌いですw。そんな場合は逆にプラスのイメージだけ鮮明に強くすること。でも、あらゆる思い込みによる思考停止状態、苦手意識みたいなものは自分できちんと認識して、そんなことないよーと問い続けてみるのはいかがでしょうか?

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