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これからの独学について考える。

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Hiroshi Yoshida

2021-4-26

インターネットが普及してから、昔より圧倒的に独学がしやすくなっていると思います。インターネット以前から、何か興味をもったことは独学で学んできた僕なりの考え。

独学だからこそできること、できないこと。

色々なことを独学で学んできて、メリットデメリットが明確にあると感じてます。まずメリットは

①自分のペースで、好きなように、好きなだけできる。 ②お金がかからない。 ③誰かと比較することもされることもない。

とかそんなところでしょうかね。逆にデメリットは

①やりたくないけど本当はやった方がよいことを後回しにして、後で後悔する。 ②簡単な問題で膨大な時間を費やしてしまっていることに気が付かない。 ③楽しみがなくなれば辞めてしまう。

とまあいくつか考えてみましたが、一番大きな差はあらゆる面での客観性だと思います。教師がいればコストはかかるけども、その分の時間を節約できる可能性が高い。そう考えれば、お金で時間を買っているようなもの。

それが合理的だと思う人はそうしたら良いと思います。でも、近年本当にあらゆる情報がネットに転がっているので、勉強の仕方、僕はこう勉強した、こういうのはやめといた方がいい、、とかそういうノウハウまでたくさん転がっているので、分野によっては本当に独学でも先生がいても成長スピードが変わらないということはあり得ますよね。

でも、先に挙げた、客観性といっていいのか、社会性?とでもいうのか。そういう側面って何かを学ぶ上で必ず必要なものであるなあと思うこともあって。

特に音楽とかであれば、文化的背景というのを肌感として感じているかというのが本質理解にかかわると思うんですよね。たとえていうなら、黒人のフィールを学ぶには黒人と一緒に演奏しないと。。みたいな感覚。

やっぱりそういう部分は、僕も相当黒人が演奏する映像など見てきたと思うけど、リアルに一緒に演奏したときの感覚とか、目の前で見たときに得たものというのは全然体験として違っていた。

習うより慣れろというのも名言で、僕は教える立場としてもいつもそういう環境に飛び込むことの大切さを伝え続けているつもりです。

独学、というと一人で家にこもってやっているというイメージなので、どこからどこまで独学というのかわからないですが、僕がミュージシャンとして成長したなあと思う場面は、特に習ったというわけではないですけどもジャムセッションに足しげく通って、いろんなミュージシャンやシンガーの演奏を近くで感じながら一緒に演奏した経験が一番だったなと思っていて。

そんな意味では、なんらかの社会的な経験の渦の中で、時に傷だらけになりながらw得た学びというのは何者にも代えがたく、それさえあれば教師はいらないのかもしれないなあと思っています。